断捨離していたら、「捨てるべきは私だ」と思ってしまった日(追記あり)
とある帰り道、私は少し疲れていた。
古着を見ている時間は、楽しくて落ち着く。
でもそのあと、ふとしたきっかけで気持ちが崩れた。
家に戻って、洗濯をしながら服の断捨離をしようと思った。
着なくなった服たちを一枚ずつ見ていたとき、こんなことを思った。
「この子たちが手放されるなら、最初に選んだ私の方が先に断捨離されるべきじゃないか」
その瞬間、一気に気持ちが落ちた。
服を活かせなかった。
最後まで着てあげられなかった。
申し訳ない。かわいそう。
そんな気持ちが、自分に向いてしまった。
———
最近、ずっと思っていた。
「自分には居場所がない」と。
家には自分の部屋がない。
寝室も夫と一緒。
布団は別だけど、どこか落ち着かない。
そんな中で、ふと気づいた。
「布団だけは、自分の居場所にしていいんじゃないか」
それはとても小さな気づきだった。
でもその小さな場所が、
今の私を救ってくれた。
———
居場所って、大きなものじゃなくていいのかもしれない。
部屋じゃなくてもいい。
家じゃなくてもいい。
まずは、
「ここにいていい」と思える小さな場所。
それがあるだけで、人は少しだけ楽になれる。
———
あの日、断捨離されるべきだと思ったのは私だった。
でも今は思う。
手放されるのは服で、
私はまだここにいていい。
ーーー
(追記)
もし同じように、
自分がいらない存在に思えてしまう瞬間があるなら、
それは“あなたが消えるべき”じゃなくて、
ただ少し居場所が足りていないだけかもしれない。
ーーー
#断捨離
#自己否定
#居場所
#生きづらさ
#メンタル
#日常の気づき
#自分を大切に
#福祉の視点
#感じたこと
#40代の生き方
#社会福祉士勉強中 #地域活動
#自分を大切に #無理しない #ボランティア
#疲れたときに #心の余白 #回復時間 #ちゃんと休む #40代の暮らし #函館 #ひとり時間 #整える時間
⸻
#CoinBridge (コインブリッジ)
構造を言語化し、現場と制度をつなぐ。
現在は療養中のため、無理のない範囲で地域活動やボランティアに関わりながら、日々感じたことを発信しています。
現場で感じた違和感や、制度との間にある課題を、一つずつ言葉にしています。
はじめて読んでくださった方は、CoinBridgeに込めた想いや活動について、プロフィールや固定記事もご覧いただけるとうれしいです。
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費や将来の居場所カフェ運営に使わせていただきます。