教員生活が始まる
昭和49年、私は内海小学校で勤務させていただくこととなりました。
愛知県の地理にも疎く、どこにどんな交通手段で行ったらいいのか?
そんなこともわからないまま、わかっていたのは
「内海小学校に行く」と言うことだけでした。
交通ルートを調べると名鉄線で武豊駅から河和駅に行き
そこからバスで行くと内海小学校のすぐ前にバスが停まるということがわかりました。
第一日目
家から最寄りの武豊駅に行くとふとバスが目に留まりました。
行き先を見てみると「内海」と書いてあるではないですか!
運転手さんに
「これは内海小学校に行きたいのですがこれに乗ったら行けますか?」
と尋ねると
「ああ、ちょうど内海小学校の前に停まるよ」と言われたので
それなら電車で行ってバスに乗り換える必要もないと嬉しくなり
急遽バスに乗り込みました。
しかしそのバスは野間の方にもまわりぐる〜っと遠回りするバスだったのです。
当時は携帯電話もありませんから連絡手段もないので、そのまま乗り続けるしかなく
学校に到着した時にはもう10時をすぎていたように思います。
第一日目よりとんでもない遅刻をしてしまいました。
到着するなり大急ぎで走って校長室に伺い
謝りながら理由を話したところ
大笑いされて
「明日からは電車とバスで来てくださいね。そのバスは遠回りでしたね。だから時間がかかったのですよ」と教えてくださいました。
さらに「慣れるまでは少しくらいの遅刻は認めますよ」と優しい笑顔で言葉をくださいました。
それからはどこに行くにも前もって時間を調べ
あらかじめ一度行ってみる!というようなことをするようになりました。
あの時のバスの中での焦った気持ちと
優しく許してくださった安藤校長先生の笑顔を今でも忘れません。
そんな始まりの一日でした。
キミちゃんより
