JW892 臂松古墳
【東征激戦編】エピソード33 臂松古墳
第十二代天皇、景行天皇の御世。
西暦111年、皇紀771年(景行天皇41)。
ここは、黒戸の海岸(千葉県木更津市畔戸)。




日本武尊(以下、タケル)一行は、穂積の臣の建忍山(以下、おしやん)の家来「カタスケ」と共に、弟橘媛(以下、タッチ)の形見の品について語っていた。
そして・・・。

たけし「形見の品々については、以上ですか?」
カタスケ「御意。」
タケル(30)「では『タッチ』を葬らねば・・・。」
おしやん「何処に葬るんだ?」
タケル(30)「良き処がないか、探さねばなりませぬな。」
ダータケ「父上? 探すと申されまするが、どのように、なさるので?」
タケル(30)「ここは、武日に命じようぞ。」
武日「えっ? 『おい』に? なして?」
タケル(30)「汝は、忍者の祖ではないか。探すのを得手としておろう?」
武日「わかったじ。そう言われては、断れないっちゃが。」
たけし「皇子? 作者オリジナル設定ですよ? そんなことをする必要があるのでしょうか?」
タケル(30)「有る。これより進む先を、はっきりとさせておかねば・・・。」
こうして、武日の探索により・・・。
武日「良き処が有ったじ。千葉県茂原市の本納やじ。」



タケル(30)「では、そこに向かうぞ!」
一同「おお!」×多数
カタスケ「では、みなさん、お気を付けて! また会いましょう!」
「タッチ」の櫃を車に乗せ、一行は進軍を開始したのであったが・・・。
わかたけ「なっ! 車が動かぬ。動けっ。動けっ。」
おしやん「どういうことだってばよ!?」
わかたけ「我に問われても、わかりませぬ。神意としか・・・。」
タケル(30)「ならば、ここに葬るしかあるまい。」
武日「ちょっと待ってほしいっちゃ。本納には、行かんと?」
タケル(30)「本納の地には、櫛を送ることにしよう。」
たけし「首飾りという説もありますよ。」
タケル(30)「して、この地は、御骸の邑と名付けようぞ。」
たっちゃん「その後、三畔と書くようになり、やがて、三黒に変わったそうじゃ。千葉県袖ケ浦市の三黒のことじゃぞ。」



たけし「三黒の読みは『御骸』『御崩』『御櫛』などが転じたとも言われています。」
タケル(30)「して、目印として、松を植えようぞ。」
おしやん「この松の姿が、臂の形に似ていたので、臂松と言われたんだってばよ。二千年後も、臂松古墳と呼ばれてるぞ。伝承では、丸山とも呼ばれてたみたいだな。」

タケル(30)「伝承? 何処の伝承にござりまするか?」
おしやん「吾妻神社の伝承だってばよ。袖ケ浦市三黒に鎮座する、『タッチ』を祀る社だ。古墳も、境内の中に有るぞ。」






たっちゃん「して、御陵を造っている間、皇子は、鉾を立てて、休みを取ったと言われておる。そして、同じ三黒に建てられたのが、御鉾神社じゃ。祭神は、皇子じゃぞ。」





タケル(30)「『タッチ』と共に、祀ってくれれば良いモノを・・・。別々に祀ったのですな・・・。」
疾風「モォォ!」
ルフィ「文句を言っちゃダメだ!・・・と言ってるでやんす。」
タケル(30)「そ・・・そうだな。」
ダータケ「父上?」
タケル(30)「ん? どうした?」
ダータケ「母上を葬ったのです。もはや、本納に向かわずとも良いのでは?」
タケル(30)「いや。向かわねばならぬ。」
ダータケ「なにゆえにござりまする?」
タケル(30)「伝承が待っているからだ。」
ダータケ「なるほど・・・(;^_^A」
つづく
