JW771 倭文部と白い角
【筑紫再征編】エピソード26 倭文部と白い角
第十二代天皇、景行天皇の御世。
西暦97年、皇紀757年(景行天皇27)。
襲国(今の鹿児島県周辺)の熊襲を平定した、日本武尊(以下、タケル)の一行は、筑紫(今の九州)を巡っていた。


そして「タケル」が矢を放った処が、のちに神社になったと語られたのであった。
タケル(16)「社だと?!」
ウナ「皇子が矢を放った処が、鎮座地にござる。」
ナッカ「すなわち、それが、白角折神社っす!」


タケル(16)「そこから、俺が矢を射たと?」
よっちゃん「御意。」
タケル(16)「されど、なにゆえ、白角折と申すのだ?」
もち「倭文部が由来みたいやじ。」
タケル(16)「ん? 倭文部と申せば、絹を織る職人ではなかったか? エピソード600で、そう語られておろう?」
チヂオ「絹だけでなく、様々な織物を織る匠にござりまする。」
タケル(16)「して、社の名と、どう関わってくるのだ?」
弟彦「よく見てくだされ。的は、何で出来ておりまするか?」
タケル(16)「ん? 布だな。」

弟彦「ですから、的を作ったのは、倭文部ではないかと・・・。」
タケル(16)「そうなるのか?」
もち「皇子が矢を射たことから、幣作りの倭文部と関わりがあると言われちょるんや。仕方なか。」
タケル(16)「幣?」
ナッカ「エピソード528で説明してますが、麻を細かく切ったモノっす。お祓いをする時に使うんすよ。」

タケル(16)「ともかく、布を織る匠と関わったことで、白角折となったのだな?」
ナッカ「御意。」
タケル(16)「されど、まだ、引っかかる・・・。」
よっちゃん「何が、引っかかるので?」
タケル(16)「文字だ。」
よっちゃん「文字?」
タケル(16)「倭文部と関わりがあるのなら、倭と文の字を用いれば良いではないか・・・。なにゆえ、白い角を折る・・・となるのだ?」
ウナ「他にも伝承が有るようですな。」
タケル(16)「他にも?」
ウナ「西方の国を鎮定した折、鳥が白い角を持ってきたことで、戦が、うまく進んだことから、白い角の折・・・となったのだとか・・・。」
タケル(16)「いろいろ有るのだな・・・。」
ナッカ「まあ、あれっすね。ロマンっすよ!」
タケル(16)「出たっ。ロマン!」
弟彦「して、二千年後の地名で申せば、何処になりまするか?」
疾風「モォォ!」
田子「ふむ。佐賀県神埼市の神埼町城原と申しておる。」







タケル(16)「面白い話であったが、まだ、気になることが有る。」
もち「次は、何や?」
タケル(16)「的は、何処に設けられたのだ?」
チヂオ「社の東北に、神埼町的という地がありまする。そこが、的を設けた処と思われまする。」

タケル(16)「なるほど・・・。言われてみると、そんな気がするぞ。」
ナッカ「それだけじゃないっす。神埼市の神崎町志波屋には、竹原という地区が有るっす。竹原公民館の有る辺りっす。」

タケル(16)「それが、どうしたというのだ?」
ナッカ「そこは、かつて、戊久米里と呼ばれてたみたいなんすよね。」
タケル(16)「ん?」
ナッカ「よく見てくださいよ。久米が入ってますよね?」
田子「たしかに・・・。言われてみると・・・。」
ナッカ「このことから、久米部の存在が推定されてるんすよ。」
タケル(16)「汝の子孫がいたかも、しれぬと?」
ナッカ「ロマンっすよねぇ。」
タケル(16)「こんなところにも、ロマンか・・・。」
とにもかくにも、神社が創建されたのであった。
つづく
