JW785 矢筈ヶ山
【筑紫再征編】エピソード40 矢筈ヶ山
第十二代天皇、景行天皇の御世。
西暦97年、皇紀757年(景行天皇27)。
日本武尊(以下、タケル)の一行は、国中(今の奈良盆地)に戻るため、北津海(日本海のこと)を進んでいた。

そして、ある処に上陸したのであった。
タケル(16)「して、ここは何処なのだ?」
もち「伯伎国の瀬戸の津やじ。」
ナッカ「二千年後の地名で言えば、鳥取県北栄町っす。天神川の河口付近と思われるっす。」





タケル(16)「何!? 北栄町だと?!」
弟彦「どうなされましたか?」
タケル(16)「前回の宮崎神社から、さほど、離れておらぬではないか!」

弟彦「仕方ありませぬ。伝承では、そのように書かれておるのです。」
田子「とにもかくにも、進みましょうぞ。」
タケル(16)「そうだな。」
よっちゃん「して、何処へ向かうのです?」
タケル(16)「このまま、山を越え、吉備(今の岡山県と広島県東部)に向かう。」
こうして、一行は、山中に踏み入ったのであったが・・・。
タケル(16)「ここは、何処だ?」
疾風「モォォ!」
田子「ふむ。矢筈ヶ山の頂と申しておりまする。」
たけし「ちなみに、標高は1358mです。」




タケル(16)「ところで、大きな岩の上に、石の祠と、石の塔が建っておるが、これは、何だ?」
ナッカ「唐王権現を祀ってるんすよ。」
チヂオ「権現とは、仏の教えに出てくる神のことでは?」
ナッカ「その通りっす。」
チヂオ「我らの御世に、仏の教えは、伝わっておりませぬぞ?」
ナッカ「語り継がれていく中で、仏の教えも、組み込まれていったんすよ。」
チヂオ「尾鰭、背鰭が付いていったと?」
ナッカ「そういうことっす。」
タケル(16)「とにかく、俺は、この岩から、矢を放つぞ!」
弟彦「なにゆえにござりまする?」
タケル(16)「そう書かれておるのだ。」
弟彦「なるほど・・・(^_^;)」
タケル(16)「この矢の届くまでの地は、災いが消え、俺が守る処となれ! とぉう!」
田子「おお! かなり遠くまで、飛んでいきましたぞ!」
たけし「矢は、約8㎞離れた、生竹まで飛んだと言われています。」
タケル(16)「生竹?」
たけし「鳥取県倉吉市の鴨河内に、生竹という地区が有るんですが、そこに落ちたそうです。生竹公民館が有る辺りですね。」

チヂオ「ところで、少し休みませぬか?」
タケル(16)「ん? 伝承か?」
チヂオ「いえ、ただ、疲れましたので・・・(;^_^A」
タケル(16)「では、しばらく休もうぞ!」
一同「おお!」×多数
よっちゃん「ところで、皇子?」
タケル(16)「何だ?」
よっちゃん「なにゆえ、矢筈ヶ山に登られたのです?」
タケル(16)「そこに、山が有るからだ。」
ナッカ「伝承に書かれてるからっすよ!」
するとそこに、一人の男がやって来た。
男「汝たちですか? 矢を飛ばしたのは?」
タケル(16)「ん? 何者だ?」
男「我は、名もなき使いの者ですが、作者より、名をいただきました。『ヨハネ』と、お呼びくださいませ。」
タケル(16)「して『ヨハネ』とやら・・・。誰の使いなのだ?」
ヨハネ「荒神様の使いにございます。」
もち「荒神? 土着の神・・・国津神のことやな?」
ヨハネ「その通りです。荒神様は、生竹を治める国津神です。地方豪族のような存在と受け止めてくださって、結構です。」
タケル(16)「して、その荒神様が、なにゆえ、使いの者を?」
なにゆえであろうか?
次回につづく
