JW905 蘇我比咩の社
【東征激戦編】エピソード46 蘇我比咩の社
第十二代天皇、景行天皇の御世。
西暦111年、皇紀771年(景行天皇41)。
ここは、千葉県千葉市中央区蘇我。





東征をつづける、日本武尊(以下、タケル)一行は、死んだと思っていた、蘇我比咩(以下、ソガ)と再会したのであった。

タケル(30)「して、ここに至った経緯は?」
ソガ「こちらに控える、里人たちが、私を救ってくださったのです。」
里人(い)「浜に打ち上げられておりましたのを、たまたま、見つけまして・・・。」
里人(ろ)「急いで、家に運び、我が妻に一肌脱いで貰いました。」
(ろ)の妻「姫の着物を脱がせ、私も裸になって、抱きしめておりましたのよ。」
里人(ろ)「人肌で温めるのが、一番ですからな。」
里人(い)「一肌と人肌を掛けるとは・・・御見事!」
タケル(30)「う・・・うむ。」
ソガ「そのおかげで、今日が有るという次第にございます。」
(ろ)の妻「でも、びっくりしちゃいましたよ。」
タケル(30)「ん?」
(ろ)の妻「姫が『我、蘇り!』って叫ぶんですもの・・・(* ´艸`)ホホホホ」
オクタン「『ソガ』が叫んだのではない。弟橘媛こと『タッチ』姫が叫んだのじゃ。」
タケル(30)「ん?」
オクタン「実は、生き延びたのは『ソガ』ではなく、『タッチ』姫であったという別伝が有りまして・・・。」
ダータケ「母上が生きていたバージョンも有るのか?」
オクタン「御意。そちらの伝承にて、『我、蘇り!』と言った・・・と語られておるのでござる。」
(ろ)の妻「でも、『タッチ』様が生き返るわけには、いかないでしょ?」
里人(ろ)「そうじゃ。それゆえ、ここは『ソガ』姫に叫んでいただこうと・・・。」
オクタン「と・・・とにもかくにも『我、蘇り!』という言の葉から、この地は『蘇我』と呼ばれるようになったとの由。」
里人(い)「そして、皇子が亡くなられたあと・・・。」
タケル(30)「俺が死んだあと?」
里人(い)「御意。そのあと、我らは、皇子を慕い、社を建てもうした。」
里人(ろ)「それが、蘇我比咩神社にござりまする。祭神は『ソガ』姫ですぞ。」





ソガ「えっ? 私が?」
タケル(30)「俺は、どうしたのだ?」
里人(ろ)「ま・・・祀られておりませぬ。」
タケル(30)「そんなことが起こり得るのか?」
ダータケ「父上・・・。仕方ありませぬ。」
タケル(30)「むむむ・・・。」
ソガ「ところで、皇子?」
タケル(30)「どうした?」
ソガ「私は、これから、どうすれば良いのでしょうか?」
タケル(30)「まずは、体を休めよ。して、元の気を取り戻したなら、国中(今の奈良盆地)に帰れ。」
ソガ「さ・・・されど・・・。」
タケル(30)「汝は務めを果たしたのだ。俺に付き従う理は無い。して、『タッチ』や供した采女(侍女のこと)たちの御魂を安んじめてくれ。」
ソガ「か・・・かしこまりました。」
こうして、一行は「ソガ」と別れ、進軍を再開した。
そして・・・。
タケル(30)「よし! 旅が恙なく進むよう、ここで、筑紫(今の九州)の宗像神社を遥拝しようぞ!」
たけし「宗像三女神に祈るんですね?」
わかたけ「田心姫命、湍津姫命、市杵島姫命の三柱であったな?」
たけし「はい。あらゆる『道』を守る神々です。」
オクタン「こうして、この地にも、宗像神社が建ったのじゃ。」
ダータケ「此度のことで、建てられたと?」
オクタン「御意。それが、千葉県印西市山田に鎮座する、宗像神社にござる。」








次に一行が目指す地は?
次回につづく
