アメリカの大学で知った「当たり前じゃない」大学教育
日本では「大学全入時代」と言われ、
4年制大学に進学することが当たり前のように語られます。
でも、本当は違うんです。
アメリカの大学・大学院で過ごした計5年半、私はまったく違う現実を目の当たりにしました。
大学教育は、本当に特別な場所だった。みんな奨学金と覚悟で生きていたんです。
父の死と、日本で感じた「レッテル」
私がアメリカに渡ったのは、父を亡くした後でした。
日本では、稼ぎ手を失った家庭に対する無言の視線を感じました。
まるでこの先の人生が真っ暗になったかのような、そんなレッテルを貼られた感覚。学生時代と、社会人3年間の貯金をありったけ集めて、
もう日本にはしばらく戻らない、その覚悟でアメリカに向かいました。
本当のところ、お金の心配は尽きなかったんですが…
最初のころは、日本からお金を送金するたびに、自分の貯金を管理するEXCELシートとにらめっこしながら、ドキドキしていました。
本当にこれから卒業までやっていけるのだろうか…
ところが、アメリカで待っていたのは想像もしなかった現実でした。出会う人、みんなが学生ローンと奨学金問題を抱えていて、
お金の問題は誰もが共有できる話題だったんです。
アメリカの大学に行ける4種類の人たち
私が通った大学で出会った学生たちは、大きく4つのタイプに分かれていました。
学業優秀者 - 成績優秀で奨学金を獲得した人たち
スポーツ推薦 - Division 1レベルのスポーツチームに所属する選手たち
ROTC(予備役将校訓練課程) - 軍隊予備軍として、学費と生活費の支援を受ける学生たち
一般入学者‐学生ローン(student loans)を利用している
衝撃だったのは、ここに記載していない、私費、あるいは親が学費を払っている学生のほうが少なかったということ。何かしらの学生ローン、あるいは、奨学金や支援を受けていることのほうが当たり前だったのです。
え?こんなお金に必死なのは私だけじゃないの???
驚きとともに感じた安堵の気持ち、今でも忘れません。
「私より過酷」な友人たちが教えてくれたこと
空き缶を集めて育った親友K - 25年経っても変わらない生き方
私の親友Kは、4人姉妹の末っ子でした。幼い頃に父を亡くし、シングルマザーのお母さんを姉妹で支えながら生きてきた、心優しい女の子です。ポートランドから5時間離れた田舎町出身で、笑顔とくるくるカーリーヘアがとってもかわいらしい彼女は、いつも同じ服を着て、ボロボロのトラックに乗っていました。
ある日、この車いつまで乗るの?と聞いた私。
「子どもの頃は空き缶を集めてリサイクルして、そのお金で夕食のパンを買ったりしてたの。だから、お金はできるだけ使いたくない」
という話を聞いたときは衝撃と羞恥心さえ感じました。
教科書は借りて、読む時間内に全て終わらせ、その後はいつもすぐバイトへ。食事もバイト先でみんなですることが多く、買い物行くのはあまり見たことない。というか、帰宅が遅い。それでも、いつも成績優秀。そして、どんなに大変でも笑顔を絶やさない。私の宿題も率先していつも英語を直してくれて、苦しいなんて一度も聞いたことない人でした。
天使が舞い降りた??
本気でそう思いましたし、今も思っています。それ以来彼女への友情は、愛情、尊敬!何よりも尊いものに変わりました。
あれから25年。オレゴンとバンクーバーで離れてしまった今でも、何かと連絡をくれる大好きな彼女は、私がアメリカを去る時に、お下がりした冬のジャケットをいまだに!!着て、当時から乗っていたピックアップトラックにまだ!!乗っています。違う点は…今は一軒家を所有し、敷地内にもう一軒自分で建て賃貸収入を得ている。本当に賢い堅実な生き方をしています。
アメリカの成果主義を体現したメキシコ人留学生G
メキシコから高校留学生として来ていたGは、工学部。大学は成績優秀者として全額支援を得て学んでいました。メキシコにはたくさんきょうだいがいるから私の教育にはお金かけられないのよ、と話していました。
「アメリカにずっと住みたいから自分の力で稼げる仕事に就きたい」
これが口癖でした。だから仕事に困らない理系を選び、いつも勉強していました。そしてなんと、Googleのチャレンジ企画に合格し、その後一流のエンジニアとしてGoogleに就職!すごい!!と驚いていた数年後、今度はやっぱり医者になるわ!と、医学部に進みました。こちらももちろん奨学金を獲得して学費免除されたそう。
教育も就職も、努力で獲得!!プラス育ってきた環境や、高校留学、大学、社会人経験など、総合的な人間力が医学部合格への切り札だったのです。アメリカの高等教育、特に医学部は人生経験が必須。アメリカで奨学金は国籍問わずチャンスが与えられる、という現実、成果主義、だからこそ優秀な人は対等に評価される、それを彼女が証明しました!
チャーミングさで道を切り開いたバスケ選手J
メキシコからバスケットボールのスポーツ推薦で来ていたJくん。日本語を少し話せるので、同じクラスをとってはなぜか私の隣か後ろに座ってくる人。そして必ず「ノート見せて」「宿題見せて」といってくる、でもそのお願いの仕方があからさますぎてついつい渡してしまう私。
私自身がバスケの試合でトランペットを吹いて応援していたこともあり、さらに仲良くなりました。
「メキシコの家族はとても大学の学費を払える金銭状況じゃないから、大学を払ってくれるところならどこでも行くつもりだった」
この大学に来た経緯をそう話していました。将来はもちろんプロとして働くことが夢。大学の勉強についていくのは本当に必死そうだったけれど、持ち前のチャーミングさとお願い上手でしっかり課題もテストもこなしている彼。
アスリート学生たちだけが招待される食事会の話や、スポンサー企業からもらえるTシャツや靴の数々を見せてくれたり、アウトレット店への買い物に年に一度連れて行ってくれて(もちろん、運転手は私)、J君を通して、アスリート学生たちの生活を垣間見ることができました。
その後彼はプロの道を選んでヨーロッパに旅立ちました!
長期的視点で生きるROTC隊員の覚悟
ROTCってご存じですか? 予備役将校訓練課程(ROTC)は、主にアメリカの大学に設置されたプログラムで、陸軍、海軍、空軍および海兵隊の将校を育成するための教育システムです。
韓国人の母を持ち、世界中を転々として育った友人K。くりくりお目目と対照的に、どこにいても聞こえる大きな声。それが大好きで仲良くなりました。普段はドレスアップが好きなので、初めて軍服を着ているKを見た時は信じられなかったほど。
よく話を聞くと、高校卒業時、父親はすでに退官していて、働いているのは事務職の母親だけだった。弟もいた長女なので、いつも「自分の力で生活するためには」と考え自ら軍隊を志望したそうです。
仲良くなると生活の様子もわかるようになったのですが、
とにかく朝が早い!!!
毎朝ほふく前進、行進、超高速マラソン、さらには、厳しい筋トレをこなしながら、日中はめちゃくちゃ難しいエンジニアコースの勉強をして、さらに軍隊関連の授業もある。
それなのに外国人留学生をみつけては、「ご飯食べてる??私の部屋に遊びにおいで」と、誘ってくれる誰よりも優しかった彼女。
彼女と彼女の家族からはアメリカのROTCという制度そのもの、そして軍隊に従事したら得られる一生のベネフィットをたくさん教えてもらいました。戦争に行く、行かない、とかそういう問題ではなく、生き方の選択肢としてROTCという制度があり、親の収入に関係なく教育の権利が得られる制度がある、ということがアメリカらしいと本当に感銘を受けました。
「死別したからってなんだ」という目覚め
こうしていろんな友人の話を知るうちに、私自身気づいたんです。
「死別したからってなんだ、私元気なんだから、働けばいいじゃん!」
「お金で苦労してるの当たり前のことなんだ」
「自分の学費も生活費も、高校卒業したらみんな工面している!」
この大きな気づき、そして、自分にとっては、完全なる自立心と自覚が芽生えた瞬間は、今でも忘れません。
それ以来、お金はなかったけれど、生きることがすごく楽になりました。もう悩むことがなくなったんです。
お金がないことを隠さない文化
アメリカで最も楽だったこと、誰もお金がないことを隠さないということ。
いいバイトがあれば声をかけてくれる
みんなで助け合って生活する
外国人の私でもできるバイト案件があればすぐ教えてくれる
大学の先生も「リサーチのインタビューに答えたら食事付き」と言えば、みんな率先して参加
車のオイル交換も車検がないから自分でやることを学ぶ
みんな、それぞれの方法で必死に、でも助け合いながら生きていました。
消えた余計なプライドと、見えてきた本当の自分
自分中心で生きることで、できることが増えました。 余計なプライドも消えました。 本当に楽に生きられるようになりました。
そして何より明確になったのは:
自分はこれがやりたい
こういう生き方をしたい
こういう人たちと過ごしたい
という、自分の本当の願いでした。
友人たちが開いてくれた私の世界
こうした友人たちに倣って、私も大学院は絶対に奨学金で行こうと決意できたこと。これは本当に大きな転機でした。
奨学金という選択肢があることを知り、それを当たり前のように活用している友人たちの存在。彼らと出会えたことで、私の世界は大きく開きました。
友人たちから学んだのは、それぞれ違う教訓でした:
Kからは、質素倹約と長期的な資産形成
Gからは、成果主義社会での生き残り方
Jからは、チャンスを掴む行動力とチャーミングさの大切さ
ROTC隊員からは、アメリカという国の制度を知って生きること
学問は「願い」と「努力」で道が開ける
アメリカの大学で学んだ最も大切なことは、英語力でもソーシャルワークの専門知識でもなく、この「生きる力」でした。
大学教育は当たり前じゃない。
でも、学びたいと願い、努力すれば、道は開ける。
日本の「みんなが行くから大学に行く」という価値観とは真逆の、
「行きたいから、学びたいから、だから道を探す」というアメリカで見た現実。
父を亡くし、レッテルを背負った私が、
アメリカで見つけたのは
「死別なんて関係ない、自分の力で生きていける」という真実でした。
これこそが、私がアメリカで学んだ真の自立です。
大学は特別な場所。
だからこそ、そこで学ぶ意味を、もう一度考えてみませんか。
そして、どんな状況にあっても、
あなたには道を切り開く力があることを、忘れないでください。
日本で落ちこぼれだった私が
一部奨学金を得て大学、
奨学金満額で大学院卒業できたことが、その証明です!!
