【エッセイ】芸術と際どい表現(1000)
昨日、次女が推している人気バンドの炎上騒ぎがあった。娘にはカワイソーだがリアル「推し、燃ゆ」である。
ミュージックビデオの中で、コロンブスだか何だかに扮したバンドメンバーが類人猿に文化を教えてこき使うという内容で植民地主義や奴隷制度の肯定だ!と暇な連中にSNSで因縁をつけられて炎上。運営が映像の休止、娘が大森さんと呼んで慕うボーカルの謝罪にまで追い込まれた。
本音。才能のない人間は黙っていて欲しい。
現代、我々が使っているシステムは「全て」帝国主義の遺物である。それを現代の帝国、アメリカの軍事通信が元のインターネットにより表層だけ捉えて帝国主義の一部たる植民地主義を批判するなど滑稽である。カスだ。
何も私は負の歴史を肯定しようなどとは思っていない。この表現は炎上するかもとわかりきったものを公開したバンドに落ち度もあったかもしれない。
また巨大企業Coca-Colaのキャンペーンソングだったのも都合悪く作用してしまったのだろう。
ただ。そんな表面的なことにいちいち反応するのはカワイソーだ。彼らは批判する連中と違って忙しい。月に一本も新曲を作らなきゃいけない。彼らこそレコード会社の奴隷ではないか。
これが売れてないバンドが同じようなことをしても全く何の批判も影響もなかっただろう。それくらいの内容だ。過敏になりすぎじゃないのか。
東京オリンピックの前も酷かった。確かに降板させられた奴らのしていたことは下劣極まりないことだが、何もオリンピック開催直前にリークしなくてもって当時思っていた。ハッキリ言って揚げ足取りだ。妬みによる嫌がらせだ。
村上春樹も才能のない連中からの末梢の指摘で作品の書き換えを余儀なくされたことがある。ある短編で北海道だかどこかでは登場人物がタバコの吸い殻を捨てる。それだけだ。それが「その町民は皆そんなことをしてるって誤解される!」って荒唐無稽な批判が来たらしい。「は?」
私の大好きな漫画「ジョジョの奇妙な冒険」がアニメ化された際、主人公の少年はタバコをよく吸うのだがその喫煙シーンでは口元が黒く塗りつぶされている。
漫画だ。アニメだ。フィクションだ。何もそこまで視聴者に配慮がいるだろうか。それなら殺し合いや決闘をしているのはもう完全にアウトじゃないだろうか。もう何を恐れているのかわけがわからない。
そんなんじゃ何も良いものは生まれない。
さて。私は娘のためにせっせとこの夏は昔は大好きだったがここのところ全く飲んでいないCoca-Colaで水分補給するかなー。
がんばれ!ミセスグリーンアップル🍎
