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【きくらげ綴り #16】届かない、の折り返し

ソファーで寝落ちしてる息子に、「起きないとチューするよ?」と言ったら、秒で立ち上がり、置き去りにされた私です。

こんにちは!きくらげです。

届かない、の折り返し

高校生となる息子の部屋が、荒れている。

「たまには、片付けなさい!部屋の乱れは、心の乱れだよ!」

休日のリビングで、スマホを永遠にいじる息子へ、久しぶりに喝を入れました。

「はぁい。」

全く意思を感じさせない。
そして、面倒くささを前面に出した返事をしながら、いまだスマホを片手に持った息子は、トボトボと部屋に入っていった。

基本的に、私は子供部屋の掃除はしません。

それは今のマンションに引っ越し、子供部屋を作った時点での自分との約束です。

自分のテリトリーを荒らされたくない。

そんな私自身の、思いからでもあります。

散らかってるけど、本人たちの意思でそこにあるものもあるだろう。

そして、私が動かした故の、あれがない!これがない!という、他責に巻き込まれたくない……という思いもあるのです。

自分の持ち物、それが鼻をかんだティッシュのゴミだったとしても、最後まで責任をもってもらいたい。

そう、心に誓ったというか、目を瞑ったというか……。
そんな思いで、子供部屋についてはセルフサービスを心がけてきました。

母がデスクで仕事をし、小一時間たったころだろうか、「ゴミ袋はこれで良い?」と息子が話しかけてきました。

45リットルのゴミ袋を持つ息子に、「そんなにゴミが出たの?」と言うと、「うん…入らないから。」と、どこまで溜め込んでいたのかと、若干震えます。

さらに時間がたち、今度は「いってきます。」という、息子の声が聞こえました。

あぁ、今日はバイトなのか。

「部屋の掃除は終わったの?」

「うん、ゴミはそこに出しといた。」

「はいよ!気をつけてね、いってらっしゃい!」

そう息子を玄関まで送り、出しといたというゴミの山に目を向けると、ひとつ懐かしいものがあった。

ー 小さなカエルの椅子 ー

これはかつて、上の娘とお揃いで購入したものだった。

娘のはウサギちゃんで、椅子として買ったものの、子供たちの届かない踏み台として、長年使われていたものです。

ウサギちゃんの方は、今の家に引っ越すときに、もう必要ないと判断し手放していたのだが、カエルくんはまだ居たのかと、久しぶりの再会を果たしたのだ。

ビニール部分は劣化し、目のあたりが薄くなってきたからと、いつだったか息子が油性マジックで書き足した、いびつな目。

そのボロボロになった姿は、彼がどれほどこの椅子を頼りに成長してきたか、その月日の重さを物語っているようだった。

思えばこの家に引っ越してきた頃、このカエルくんは息子の動く導線にいつも同行していた。

洗面台で手を洗うとき、冷蔵庫から牛乳を取り出すとき、クローゼットからおもちゃを取り出すとき……。

このカエルくんの居場所で、息子が何をしたのか一目瞭然!というぐらい、いつも彼の行動を支えていたと思う。

毎回、そのままにしておくもんだから、「迷子のお知らせです、カエルくんのお父様、迎えにきてくださーい!」と、よくアナウンスもしていた。

現在の我が家は、私以外、比較的に身長が高い人たちが集まっています。

息子は中学生活の3年間で、たけのこのようにニョキニョキ育ち、間もなく180センチにも届くでしょう。

洗面台で並んで歯みがきをしていると、「カップルだったら理想の身長差じゃない?」とキャッキャ♡する母に、彼は無言でその場をしのいでいる。

「届かない、届かない!」と騒いでた息子は、もういない。

物理的なものではなく、ここ数年、『届かない』という言葉を使っていたのは私の方だったのかもしれません。

小学校高学年から中学生時代の息子に、私の言葉は全く届かなかったのだ。

そう、思春期真っ盛りの頃です。

荒れる!という、タイプではありませんでしたが、男子特有の無視。

逆に娘のこの頃は、女子そのものだったので、激しくぶつかり合い、スレ違い様に舌打ちをされた時は、後ろから捕まえて取っ組み合いのケンカになったこともありました。

それと比較したら、なんて穏やかなのだろう……と思ってはいましたが、話さない、反応しない、何を考えているかわからない。

そんな息子がもどかしくて、思えば娘の時よりも口うるさくしていたのかもしれません。

ただ、そんな最中でも、話さないとどうにもならないことがあるのです。

それが高校受験を迎えた、中学3年生のころでした。

私の子育てのテーマは、子供の意思を尊重すること。

やりたい!そう思うなら、やってみればいい。

きっと、そんな思いが人生の土台として役に立つ日がくる、自分の経験を含めて、そう思っているからです。

「何のために、高校にいくの?」

春休みに塾で配布された、高校ガイドブックを見ていた息子に問いかけても、「うーん…」と、しばらくは歯切れの悪い返事ばかりでした。

「この部活に入りたい!」
「この制服が着たい!」

理由は何でも良いから、息子のやりたい!やってみたい!そんな意思を聞きたかったのですよね。

どうにも煮え切らない息子に我慢ができなかった私は、「だったら、嫌なことを排除していけば?」と切り口を変えました。

そうすると。
「バスは嫌い…」
「プールは嫌い…」
「パリピな子達が多いと、無理な気がする……。」

そんな彼の『嫌』が、ポツポツと意思として表に出てきたのです。

「だったら、この広辞苑のようなガイドブックから、今は成績や場所は関係なく、自分が行けそうな学校に全て付箋を付けてみなよ?」

そんなところから、息子の高校探しは始まりました。

数日たったころ、「絞れた?」と聞いてみると、何とも少ない付箋の数……。

もっとあるだろう…と思いましたが、第一次予選を通過した学校は、これにてだいぶ選択肢が狭まりました。

まぁ、いいか!と思い、その中から成績や通学が現実的な高校をピックアップし、説明会などに参加していったのです。

季節は流れ夏休みに入り、息子が一番気になっていた学校で体験授業となるものがあったので、母も同行することにしました。

ここは総合高校だったため、体験授業の種類も多く用意されていましたが、息子が何を選択していたのか、聞いても教えてくれなかったんですよね。

ここでの記憶は、今でも鮮明に覚えています。

彼が選択したのは、全く私が想像していなかった科目でした。

その教室で体験授業を受けていた十数人の中で、男子は息子たった一人。

コミュ力おばけな姉とは対極的な性格をし、私に似て内向型の彼が迷わずその教室に入っていく背中を見つめ、彼の強い意志を感じたのです。

その帰りの電車で、息子が話してくれました。

「僕、本当は将来、誰かの心や体に寄り添って、支えになれるような仕事がしたいんだ。」

「今まで言えなかったのは、自分にできるのか?って不安だったから…」

120%、そんな息子の夢を想像していなかった私は、まずは驚きを隠せませんでした。

「じゃあ何で、今母に話したの?」

「今日の体験授業を受けて、僕にもできるかもしれないって思ったから!」

あぁ、届いてたのかもしれない。

外の暑さとは真逆の涼しい電車に揺られ、「そっか、やってみなよ!」それだけ伝えるのが精一杯でした。

本当は、もっと詳しく聞きたかった。

『いつからそう思ってたの?』
『きっかけは何だったの?』

でも、今これ以上聞いてしまったら涙が溢れそうな気がした私は、汗はもう引いたはずなのに、どこか熱くなる自分の身体を落ち着けようと、もう一度学校のパンフレットを読み返すふりをして、息子と帰路についたのです。

そこから、成績がギリギリだった綱渡り受験とはなりましたが、息子の姿勢は大きく変わりました。

これ以上、「頑張れ!」なんて言いたくないほど、夢に向かって一直線となっていたのです。

『届かない』…という母の思い。
それは、見えないところでしっかり彼がキャッチしていました。

今の私は、かつてカエルくんを持ち歩いていた息子のように、リビングの電球が切れると「ねぇ、届かないからやって」と息子を呼びます。

彼は「はいはい…」と、少し面倒くさそうに、でも軽々と私の『届かない』を解決してくれるのです。

物理的な高さも、心の自立も。
彼はもう、私の『椅子』を必要としない場所まで成長してしまったのだ。

息子は晴れて、現在夢に近付ける学校に通うことが叶っています。

さらに視野が広がった彼の中で、『届かない』に手を差し伸べてくれる仲間もできました。

ゴミ袋の中のカエルくんと、目が合う。

「お疲れ様、あの子をここまで高くしてくれて、ありがとう……。」

10年前、この椅子が担っていた『支える』という役割は、いつの間にか私の手に移り、そして今は、夢を見つけた彼自身の足元にしっかりとした土台として根付いています。

もう、「カエルくんのお父様ー!」と、迷子アナウンスを入れる必要はありません。

​私は、カエルくんが入ったゴミ袋の口をぎゅっと結んだ。

寂しさがない、と言えば嘘になる。

けれど、これから『届かない』ともがく彼を支えるのは、私だけじゃない。

私は彼が安心して帰れる場所、疲れたら休む『椅子』のように、そっと見守り続ければいい。

​きっとこれからも、形を変えて『届かない』夜はやってくるでしょう。

でもその時は、お互いがお互いの『カエルくん』になれるような、そんな新しい関係を築いていければいいな、そう思いました。

子育てという、長い道のりの折り返し地点を過ぎ、彼が自立という後半戦に入った。

あの熱い夏の日、背筋を伸ばし教室に入っていった息子の背中を、私は一生忘れないだろう。

​ー あなたの役目は、私がしっかり引き受けたよ ー

玄関に置かれたゴミ袋に心の中でそう告げて、私は少しだけセンチメンタルになってしまった心のまま、夕飯の支度に取り掛かった。

今日は息子の好きな、からあげにしよう。

きくらげ


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