読書人として一歩先を行く
読書を趣味とする人間に生涯つきまとう問題がある。
新たな本をどのように手にいれてくるのか。
この問題への処し方でその人の、読書人としての素養が計れる。
本の調達方法には大きく三つ考えられる。
ひとつは書店。多くの書店では一通りのジャンルが揃っており、話題の新刊が手に入る。また、基本的には外れがない。都会にある一定規模の書店であれば大抵所望する書籍は見つけられる。多くの人は書店で本を手に入れる。
ただし、書店での購入は経済問題と保管方法に欠点がある。
今では文庫でも新刊であれば千円程度、単行本であれば三千円は超えてしまう。私のような中小企業平社員からすると、月五冊が限界だ。また、最大の問題は増殖する本の保管法である。半年に三十冊ペースで購入するとなるとすぐに小さい本棚が埋まる。床に平積みされている光景はなんともみすぼらしい。
その保管法を解決してくれるのが電子書籍である。これで床が抜ける心配がなくなる。本の電子化は全読書人が歓喜する読書革命だと思う。
ただし、私はまだこの革命の恩恵に与れていない。IT先進企業を標榜する会社に勤めながら私は、生粋のアナログ人間なのだ。本はスマホではなく、紙でめくりたいと思ってしまう。
そして三つ目が図書館。私は書店と図書館とでトレンドがぐるぐる回る。書店が飽きるころには図書館通いに、図書館に物足りなくなったら、毎日のように書店に通う。
今の私は図書館ブームなのだが、図書館のいいところは書店購入の欠点であった金銭問題と保管問題のどちらも一挙に解決してくれるところだ。こんなにすばらしい施設を提供してくれる地域行政には頭が上がらない。
ただし、図書館は本の所有欲は満たしてくれない。
なに、図書館で読み気に入った本があれば書店で購入すればいいのではないかと言われるが、そこがなんとも難しい。本の一読目というのは神聖なのだ。その本にまことに心を震わされる瞬間は一度きりだ。その瞬間それが自分の本であるか否かは極めて重要問題である。
しかし、現在の私にはどうしても金銭問題を避けては通れず、近所の図書館通いが週末のルーティンである。
近頃、岡崎武志さんの『古本道入門』で、本にはもうひとつ奥深い世界があることを知った。古本ときくと、見ず知らずのだれかが読み古し表紙がヨゴれた安い本という印象を抱く。私も古本という存在をもちろん知ってはいたが、本を調達する選択肢には入っていなかった。
ただ、著者がいうには古本には新刊を購入するのとは全くもって異なる独特のおもしろさや味わい方があるという。
自分が知らない本に出会って驚く。それこそ基本ではないか。しかも調べると、すでに新刊で流通していない本だと知る。そうなると、欲しくなる気持ちに拍車がかかる。文庫で持っていても単行本で欲しい。これこそ本の魅力をより深く知る、手っ取り早い「古本道」の入門だ。
本書で古書街で有名な神保町の巡り方や書店の特徴を店主の人柄も含めて紹介してくれる。私は上京してからまだ神保町に行ったことがなかった。本書を読み、深い森のような古本の世界を覗きこみたくなった。
一人行動が苦手な私は、本書を読んだ一週間後つまり昨日、妻に頭を下げてデートという体で神保町に向かった。
古書街に一番近い神保町駅の出口を出ると、大通り沿いにいかにも古めかしい字体の看板を掲げた古書店がたくさん並んでいるのがいきなり目に入った。思わず足が止まった。皇居と秋葉原に挟まれた小さな町で個性的な文化が息づいているのに驚いた。
本書からは古書店に入るマナーも手厳しく忠告された。服装にも気を配るようにとのことだったので、私はチェック柄のワイシャツとジーパンを着用し、妻には文学少女らしい恰好をと、無茶苦茶なお題を出していた。
だいぶ腰が引けていたが覚悟を決めて、駅から最も近く人の出入りを確認できた店によそよそしく入った。店内は壁と一体となった棚に博物館でみるような昔風の和紙の書籍がパンパンに詰まっており、床にも「何々全集」と張り紙のついた古本が腰の高さまで積みあがっていた。
古本独特の香ばしい匂いが店内に充満していた。店主はちらっとこちらを一瞥しただけで何も口にせず、奥の机で何々目録という本に視線を落とした。
店内を一周したのち店をでた。
まだ知らぬ大人の世界を垣間見て、心拍がすこし上がっていた。
何でもいいから、望みの本を一冊思い浮かべて神保町へは行くように本書から助言をもらっていたので、私は妻と相談して染色工芸家の芹沢銈介が施した装丁本を今回の獲物と定めていた。
こうなると宝物探しみたいでおもしろい。
店内すべてが古本で埋め尽くされているなか、ふたりで目を凝らしながら物色する。そう簡単には見つからない。
七店舗目くらいだったろうか。幾ばくかの諦めの雰囲気が二人の間で漂っていたときだった。ハッと目を見開いた。
芹沢独特の型染模様らしき赤橙色の装いをした立派な、されどかわいらしい本を棚の上部にみつけた。
手に取ると間違いないと確信した。慎重に本を開くと、「装丁・芹沢銈介」が証明されていた。静かな店内で妻が私の肩をたたきながら舞い上がっていた。
その本は1975年に制作された八木佐吉の『書物往来』という本で限定千部しか発行されておらず、国立工芸館にも収蔵されている貴重本であった。しかも破格の二千五百円。たかが本の購入でここまで心が高まったのは初めての体験である。
結局、その日は他に井伏鱒二と内田百閒の単行本と文庫を計四冊購入した。
背負ったリュックサックには神保町に向かう直前に寄った図書館で借りた六冊ほどの単行本がすでにどっさりと入っていた。
リュックサックは亀の甲羅のように膨れ上がっていたが、満足した釣果であったため軽快な足どりで帰宅した。
