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わたしはビジュアルシンカー。


頭のなかに図形や映像が浮かびます。


昔の子供の頃のことを「文字起こし」して、
改行などせずに、そのまま書いてみました。


読みづらいですが、頭の中がこんなもので満ちている人もいるという、サンプルとして
ご覧いただければと思っています。





母親のいるであろう天国やあの世へ興味があったんですよね。目をつぶると見える虹色の暗闇は松果体と関係のある映像のようですが、あの虹色の暗闇が切れて透明な世界がみえるところがありました。虹色の暗闇にも、そこにも母親はいなかったので昼間のはっぱのゆらゆらしているところや風や夕陽の時の影を探したけれどいなかった。天国にもあの世にもこの世にもいないんだなとわかったとき、そうか全部にいるんだとわかったんです。ものすごく大きくてひろいからわからなかったけど、ああいるんだなと知りました。そういうものなんだな いなくなるってこういうことなんだなと思いました。

解像が追いつかず光にしか見えないあの場所をビジュアルにして思考するとハチドリのトルネードと光る海。光る海はおそらく次元のあわいだと今のところ思っています。





母親がいなくなっても病院の隣の部屋では笑い声が聴こえて、その隣の部屋では静かにねている。母親がいなくなって病院から家に帰る時、工事現場では溶接の火花がきれいだったし電車はちゃんと動いていて、何も変わらないんだなと思って不思議だった。わたしのいるここ(頭のなかと目の前の景色)は、たくさんの透明な□四角が、集まっていると思ったんです。そのとき、わたしは生きているという意識が生まれました。5歳くらいだったと思います。
共感覚は母親を探すときに使っていたと思います。寂しければ寂しいほど、やさしい妖怪のようなものを共感覚で見ます。安心しているときほど世界は静かで光の粒が美しく、緊張しているときは人の想いが可視化されていきました。




これまでの経験を道のりにして考 えると、
次元の推移なのだと思っています。

だれでもその道を行くのかなとも。

あなたから世界へ🌐✨
氣幸師の金子順子


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