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『この世からひとりいなくなります。』

「相談いいですか?」

突然の男性の声に、
男は驚いて声を上げた。

「なんやキミはいきなり!
挨拶もせえへんゆうのは
失礼ちゃうか?」

配信アプリを開いたまま、
プロ野球の動画に
夢中になっていたのだ。
配信していることなど
すっかり忘れていた。

突然現れた生々しい男性の声に、
ややムッとした声で男は言った。

「すみません、失礼しました。
初めてなもので…。
よろしくお願いします。
ご相談したいことが
あるのですが……。」


配信アプリー

お話しませんか?などと
書き込んでおくと、
不特定匿名の誰かがやってくる。
文字のメッセージでの
やり取りを重ね、
よかったら話しませんか、
と流れていくと、
コラボ機能なるものにより、
通話が可能になる。
いわば、深夜の暇つぶしアプリだ。

男はそこで「メンタルケアリスト」
を名乗っている。
誰かの心が1グラムでも
軽くなるなら…。
それは自身の過去への
懺悔でもあった。

男はようやく心を整え、

「はい。
こちらこそよろしくお願いします。
なんでしょう、相談というのは」

平静を装い、話を始めた。

「実は先月、娘が亡くなったんです」

「え………………。」


あまりにも予想外の言葉に、
男は動揺し、狼狽し、
そして逡巡した。

《オレこれ、ホンマに本気でこの人の気持ち1グラム軽くできるか?》

束の間、
男の中を駆け巡った
様々な思いを横に置き、

《まず聴こ。
とにかく聴こ。
聴かな分からへんわ。》

気を取り直して、尋ねた。

「よかったら詳しく
お聞かせ願えますか?」

男性の話はこうだ。

生まれて間もなく
難病であることがわかった。
病院は手を尽くしてくれたが、
5歳の命は逝ってしまった。

「だからオレ、
娘のとこに行きたいんです。 
生きててももう何もないんです。
もう早く娘のとこに行きたいんです。もう一回娘に会いたいんです。」


男は言葉を失った。
幼くして娘を亡くした父の気持ち。
わかるはずもない。
己の無力さの中で、
男は頭を巡らせた。


《なんかあるはずや。
この方に届く言葉が、
絶対なんかあるはずや》

誰にでも言えそうな、
当たり障りのない言葉を並べながら、男はずっとそのことだけを
考えていた。


「ひとり、
この世からいなくなりますよ」


まだ伝えたい気持ちが、
言葉になりきっていないまま、
男はその気持ちの始まりを、
声に出した。

男は続けた。


「確かに5歳で亡くされたというのはお気の毒です。
でもその5年間。
わずか5年間といえど、
娘さんは確かにこの世に
生きたんですよね。」

男性は静かに「ハイ…」
と答えるだけだった。


男は続けた。
「あなたが娘さんのところに
行きたい、つまりこの世から
消えてしまうということは、
娘さんがこの世に
生きていたことを知っている、

証人がこの世から
ひとりいなくなるんです


「あ!」

画面の向こうで、
男性が口を開いた。

「その発想は全くなかったです。
そうですよね。あの子が
確かに生きてたんだって、
僕と妻がずっと語り継いでいかないとダメですよね。
あ、なんかつかえてたもん
取れました。
なんかスッキリしました。
ありがとうございました。
来てよかったです。」


そう言い残すと、
男性は去っていった。


《何や、自分の気ぃ済んだら
即落ちかい。
最初から最後まで失礼な
ヤツやでホンマに。
まぁでもスッキリしたゆうとったし
まぁええか》

男は、
先ほど見れなかった
大山のホームランシーンを、
再び見始めた。




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最後まで読んでいただき、
ありがとうございます。
このnoteでは 、
"心が動いた瞬間"
を描いています。
ジャンルはさまざまですが、
共鳴してくださった方々と、
これからも繋がっていけたら
嬉しく思います。

感謝を込めて。
聴き語りのしんじ

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