英語と日本語【会話方式の違い】|ローコンテクスト文化とハイコンテクスト文化
英語で人と会話をする際に、スムーズな会話となるよう、私がいつも意識していることがある。
それは、この人は「どんな会話方式をとる人なのだろう」ということ。
これはもしかすると「英語力」以上に大事なことかもしれない。
今日はそんな「会話方式」についての話をしたい。
質問ベース?主張ベース?
大学院時代のクラスメイトは、95%現地生だった。それも、数人をのぞいてほとんどが白人のイギリス人たちだった。残りの5%は留学生だが、そのほとんどがヨーロッパやアメリカ、インドから来ていて、東アジア人は私を含んで日本人・中国人・台湾人の3人だけだった。
そんなクラスメイトたちと会話をしていると、同じように英語を話していても母国語での会話方式が英語での会話方式にも影響し、全く違う会話方式を生んでいると気がついた。
そしてそれは二つの大きな会話方式に分けられる。
「質問ベースの会話」と「主張ベースの会話」の二つである。
もちろん個人個人によって違いがでるのは当たり前なのだが、それにしてはあまりにも傾向がはっきりと現れていたので、これは一つの事実として捉えてもいいのではないか、と思うようになった。
例えばイギリス、アメリカ出身などの「英語を母国語とする人達」と会話をするとこんな流れになる。
KIKI:おはよう。金曜の講義の本ってもう読んだ?
Aちゃん:あ〜それまだやわ。でもあと二日あるし多分いけると思う。あ、そういえば学士の時の友達がその本の著者について卒論で書いてたわ。その子はロンドンに行っちゃったんだけど、
Bくん:僕の知り合いもその著者の卒論書いてたわ。彼は確か18世紀後半の女性の結婚観をテーマにしてたかな。
Aちゃん:その時代の女性、私苦手。だからジェーンオースティンも好きじゃない。
KIKI:え、「傲慢と偏見」も? ミスターダーシーも好きじゃない?
ずっと同じようなことに女性はキュンとしてきたんやなって私は面白いと思ったけど。
Bくん:ミスターダーシーがもしお金持ちじゃなかったらリジーも絶対好きになってないよね、あれは。その映画を見た時に「女は結局金なんだ」って僕の兄は嘆いてたよ。
Aちゃん:お金は余裕を生むからね。余裕はどの時代もモテるのよ。私、ミスターダーシーは好きよ。
KIKI:「傲慢とお金」って話だっけ?(笑)
お分かりだろうか。一つの引っ掛かりを元に話題が四方八方に飛んでいく。多くの話題がすくわれずに飛び散っていく。誰かの発言の中で自分が引っかかったところだけに自分の発言を付属させていく、そんな感じの「主張ベースの会話」だ。だから、誰かの発言に誰かが被せて発言することもあるし、言葉が遮られることなど日常茶飯事。
質問をあまりしない代わりに、「相手が引っかかれるポイントを数多く提示すること」が大事になってくる。
この会話方式でおいてけぼりにならないためのポイントは、
できる限りいろんな要素をメンションして話すこと、
相手の発言について同意する時は「同意した顔」をし、同意していない場合は「同意していない顔」をすることだ。
そして「同意していない顔」をする場合、相手の発言の何かにひっかかった瞬間に人差し指を立てたり首をあからさまに傾げておくと、より良い。そうすると、相手の発言に割ってはいると言う高度な技術を取得しなくとも「あなた同意してないわね、どうして?」と話を振ってもらえる可能性が高いから。
では、もし同じ質問を同じ東アジア人である台湾人と中国人のクラスメイトにするとどうなるだろう?大体こういう流れになる。
KIKI:おはよう。金曜の講義の本ってもう読んだ?
Cちゃん:まだやねん、やばいよな。KIKIたちは読んだ?
Dちゃん:私はもう読んだよ。
KIKI:私は半分読んだ。
Cちゃん:どれくらいかかるかなあ。あと二日しかないし。最終、DeepL(翻訳機械)にぶち込んで中国語にしてしまうか。
Dちゃん:それか、要約を先に読んで飛ばし読みしてもいいかもね。
Cちゃん:だね。
Dちゃん:話変わるけど。来週の授業のグループプレゼンの準備、やらなくていいよねって全体のグループチャットで言ってる人いたけど、そっちのグループって準備してる?
KIKI:一応昨日みんなで集まってスライドは作ったよ。そっちは?
Dちゃん:いや、グループの人たちが「誰も準備なんてしないだろう」って言って、それから何も進んでない。
Cちゃん:私のグループもスライド準備してるよ。
Dちゃん:え〜やっぱりそうやんなあ。
Cちゃん:やらなくていいよねって言ってる数人だけがグループチャットで騒いでて、多分やけど、無言のその他大勢はみんな準備してるで。
KIKI:Dちゃんのグループって誰がいたっけ?
質問が飛び交っている。あるひとの発言に、別の人がしっかり答えている。そして答えた人は次なる質問をする。
まるで暗黙の了解のように、「質問されたら質問し返す」という型が出来上がっているのだ。私としては、とても安心感のある会話方式だ。
無理なくゆっくり思考できるし、得たい情報を効率的に得やすいし、なんとなく、脳みそも休憩している感じがする。多分、この「質問ベースの会話方式」が日本で一般的に使用されている会話方式で、私にとって馴染みがあるだからだと思う。
2つの会話方式がぶつかった話
では、この「質問ベースの会話方式」を持つ人物と「主張ベースの会話方式」を持つ人物が会話するとどうなるのだろう。
面白い場面に遭遇したことがある。
様々な国籍の学生が出席する留学生パーティに参加した時、アメリカ人女性が韓国人の男の子に対して、こう言ったのだ。
「面接じゃないんだから質問ばっかりしないでちょうだい。あなたの話をきかせてよ」
私は、笑ってしまった。どう見ても、その韓国人の彼は彼女からの質問返しを待っていたからだ。
そして逆にこんな場面に遭遇したこともある。
「あのイギリス人の子とこないだ二人で出かけたんだけど、自分の話しかしないのよ。私に質問もしないし。何なのって思ったわ」
台湾から来た友人がそういった。
私は彼女の気持ちがとてもわかるのと同時に、でも多分、そのイギリス人の子は引っ掛かり待ちだったんだろうな、と思った。
ローコンテクスト文化とハイコンテクスト文化
この人は二つの会話方式のどちらを取る人なのだろう?と意識して話すようになってから、もう一つ分かったことがある。
どうも、英語圏とアジア圏の二項対立的構造ではないらしい、と言うこと。
その間の会話方式をとる存在に出会ったのだ。
それは、あるクラスメイトとの出会いだった。
彼は中米にあるグアテマラ出身で、スペイン語話者だった。
彼と英語で話していると、彼がどちらかというと「質問ベースの会話方式」をとる人間だと分かった。でも日本や他のアジア圏の国ほどではない。「主張ベースの会話方式」にも不自由なく参加していた。
主張もして、でも質問もする、そんなグレーな感じである。
そして、もう一人。イギリス人でありながら「質問ベースの会話方式」にも対応できる(と私が判断した)クラスメイト。
彼女とこの会話方式について話してみると、彼女の彼氏がポルトガル人だということが分かった。「私は彼と話すときはいいんだけど、彼の家族と会う時はとっても質問されるから、私も質問に対して質問で返すようになったのかもしれないわ」と彼女は言った。
「アジア語圏」と「英語圏」の間に「ポルトガル語圏/スペイン語圏」があるらしい。どういうことだろう?
そしてしばらくして、私は、ちょうどその関係性と一致するものを思い出したのである。それは
ローコンテクスト文化とハイコンテクスト文化という概念だった。
この概念と「二つの会話方式」が関係している、これは個人的な経験則から見てもかなり実感を持って支持できる説だと思っている。
ハイコンテクスト文化とは、主語がなくても文脈から汲み取ったりする、言語だけではなく文脈や非言語的な要素に大きく依存する文化である。
ローコンテクスト文化とは、言葉で明確に表現された情報が重視され、文脈や状況に依存しない文化である。
ハイコンテクスト文化は、日本語、韓国語などのアジア系言語の国が並び、ローコンテクスト文化には英語、ドイツ語などのゲルマン系言語の国が並んでいる。そして、その中間に中間層コンテクスト文化としてスペイン語、ポルトガル語などのロマンス系言語の国が並んでいる。
そのグラデーションはちょうど、
「質問ベースの会話方式」をとる日本語、韓国語、中国語
「主張ベースの会話方式」をとる英語、ドイツ語
「その間の会話方式」をとるスペイン語、ポルトガル語
と一致しているのである!
(一旦?)謎が解けてとても嬉しい。
ある国の言語を学ぶとき、言語そのものだけではなく、その国がローコンテクスト文化圏なのかハイコンテクスト文化圏なのかチェックすると、
その国の人が「どんな会話方式をとりがちなのか」わかる、ということだ。
これはもしかすると「語学力」以上に大事なことかもしれない。
私はnoteで好きなことを気ままに書いている25歳関西人。現在はイギリスに住んでおり、日々感じたことや詩・小説、言語としての英語、イギリス院留学に関することまで幅広く書いています。毎日どんどん書いていく予定ですので、ぜひまた立ち寄ってくだされば、とてもとても嬉しいです。
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