【ショートショート】ひき語りアーティストの引き際(1079文字)
どうもこんばんは。今日は僕のライブに来てくれてありがとう。
おかげさまで、今回のチケット、申し込みが引っ切りなしだったようで、くじ引き? 福引き? 抽選っていうの? ドン引きするほどの高倍率だったみたいで、嬉しいような、申し訳ないような。
そんな今に引き換え、デビュー当時は、顔が引きつるほどお客さんがいなくてさ。
値引きしてもチケットの引き合いはなく、赤字の差し引き分はギャラから天引き。代引き手数料もバカにならず、税引きにしたら、ほとんど手元に残らない。
退っ引きならない状況で、部屋に引きこもっていたんだけど、やがて家賃の引き落としもままならなくなって、アパートも引き払ったよ。
そんなとき、友人の引き合わせで僕を引き受けてくれたのが、今の事務所の社長。
彼の手引きがなければ、今ごろ僕は万引きか何かで、しょっ引きになっていただろうね。
あの出会いが引き金になって、僕は気を引き締め、引き続きライブ活動に勤しむようになったんだ。
「もう引き戻されない」
そんな思いが引き出されてからは、観客を引き寄せ、引き込めるようになった気がするよ。
僕は長年、心の引き出しから魂の言葉を引きはがし、引き絞り、引きずり出し、それをみんなに引き渡してきた。
ライブはまるで潮の満ち引きのようだった。
観客のみんなは、僕の言葉を引き潮のように引き取り、時に置き引きのように奪い去った。
それは嬉しいことだったけど、いつしか僕の中から僕自身が引き算された。僕という存在が引きちぎられ、引き裂かれ、引き離されるような感覚を覚えるようになったんだ。
虚像の僕と本物の僕の線引きができなくなったって言うのかな。
引き攣れを起こした僕の心は、何度も僕をステージから引きずり下ろそうとした。
それでも、引きも切らない拍手と歓声が、僕をステージに引き留めた。
それはまるで永遠の綱引きのようだった。
今日まで勝負を引き延ばしてきたけれど、もう限界だ。
“引き”だけに、腕がプルプルだ。
今こそ引き際。
みんなとの魂の駆け引きは、引き分けだったということにしてください。
このライブは、皆さんへの引き出物です。
今日、僕は自分を褒めてやりたい。
「弾き語りでもやってみれば」
と友人に言われ、
「“引き”語り? 面白そうじゃん」
と勘違いした自分を。
そして、そのまま引き返さず、“引き”のトークだけで人を惹きつけ続ける存在になれたことを。
まさか、こんなに長く勘違いを引きずるとは思わなかったけれど。
こんな幕引きの舞台をありがとう。
どうか、笑って見送ってください。
もちろん、引き笑いで。
(了)
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