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カウンセリングとは何か〜脳内リセット中〜

こんにちは、Mochaです。
体調を,考慮したくて開示することはしなかったのですが、梅雨前から数ヶ月仕事を休み、
誕生日の来週におそらく復職認定がでる予定です。
行きたくないけど、期限もあるし、一度戻らないとね、というところに。

精神科医が、あまり傾聴できない、不親切な人なので反面ゆっくりペースでいけたけど、最初で最後の経験なので、優しく伴奏してくれる医者が良かったと思う。今後のことなどは、だいぶ切迫詰まった今も何も決めていない。

頭が真っ白で何にも思い浮かばないのが本音で、いつもの私なら賢く思考を駆使して答えを出すけど、今回ばかりは真っ白を味わったままのペースでいいかなと。

数ヶ月の奮闘ぶりを含めて、全てを逆らわずに受け入れることにした。

正直休めたーーと言いたいところだけど、内的には休んだ実感がない。もっと時間をちゃんと使いたかったけど、何もできていない。

心がいろんな方向であちこち大震災、大忙しだった。安心した脳内が今かと防衛機能を緩ませて、大暴れしたのかもしれない。働いていたら暴動は起こさなかったろう。
かなり、この2ヶ月強で貴重な経験をしたと思う。

内面で起きていたのは、休職から起きたミドルクライシスだと思う。ミドルクライシスの心が、私を止めたと言う方が正しいか。

人生、何も問題ない!私は生きていける。と自信があった方だけど、その価値観は偽物だと分かった。

きっかけは、吉本ばななさんの記事で休職の原因の残り根にぶち当たる。まずいきなりきたので、かなりきつかった。けど持ち前の分析力で、一つ乗り越えた。二つ目また、家族のLINEによって先月末に起こった。なので、復職許可をもらうまで誰とも話さない。今乗り越えるべく、奮闘中。

こうしてみると、聴き分けのいい、社会性のある人を演じて地球に紛れていたと、宇宙人の私は改めて気がついた。

そして、霧が晴れたわけではない。全てはここからなのだ。

医者がそんななので、今回私は何度か対面やオンラインでカウンセリングにお世話になった。

わたしはカウンセリングを勉強して、自身も利用するようになった。身内に腹を割って安心して何でも会話ではなく、対話できる、本音で話せる人が見当たらないからだ。
この前提のおかげで、心の世界に探求しとても明るくなったし、お世話になってきた。なのでこれまで精神を患ったことはない。

カウンセリングでは、泣いてもいい。弱みを出しても、本音で言ってもいい。なんて優しいのだ。暖かいのだ。まず、こんな世界があるんだと、30歳ごろに感動した。それでも慣れない自己開示はしんどかった。それを克服するために習慣としてブログ書きはじめて、長くにわたる。

今回、寄り添っていただいたカウンセラーさんには、ありがたいと感じた。そして反面教師で、こういう聴き方は嫌だな、と思うキャリコンやカウンセリングもいくつかあった。
それが、無料有料問わず、カウンセラーさんに悪気がなくてもだ。

そう言う方に当たった時は、わたしはここまでは開示しよう!と基準
決めて心を閉じる。自然見立てという、防波堤を上手いことつくる。

仮に会社に産業医や、カウンセラーがいたとしても、防波堤を作るだろう。会社というフィールドが用意した人が、自分に合うか分からないし、どこまで上司に筒抜けか見えないから。

今回は、勝手にカウンセリングを受けられたので、都合も良かったとも言える。

このように植え付けられた複雑な内面を持ったため、公認心理士までの国家資格はないが、色彩心理、心理カウンセリング、キャリアカウンセリングの勉強は一応時間かけてしていた。仕事をしながらちょこちょこレベルで活動をしていた頃は、土日返上でやれる範囲で時間かけて頑張っていたけど、ふと思う。

自分に時間的、魂的余裕があのときあったのか?クライエントのカウンセリングを本音で聞き取れていたのか?と言われると、あんまり自信がない。

クライエントの意向に導けることはし、満足はしてもらえていたとしても、クライエントさんの心のスピードに、発露の一滴をも、キャッチして包み込んで寄り添えたかどうか?
今、身をもって感ずる。今なら違う聴き方になるかもしれない。

...聴くことに、答えもない。
そのくらい難しい。

病院では公認心理士さんしか扱えないものもあるでしょうが、分野に精通しているか?話して寄り添ってくれるか?そして人として安全なのか?そこにかかってる気がしている。

クライエントと沈没せず、船に介入せずに、一緒に砂浜まで戻って来れるカウンセリングって、大きな旅路だ。

そして同調圧力の高い日本ではなかなか広まらない、なかなか大変なカウンセラーという仕事はやはり、どこまでも尊いと思う。

今はAIがある程度話を聞いてくれる。おもな愚痴ならAIで十分だと思う。
人によっては、オンラインカウンセリングで十分。電車代かけなくてもいいな、と思う内容もたくさんある。

じゃあ、何で対面で話を聴いてもらいたいんだろう??色々意見はあると思うけど、『人間としての期待』だと個人的には思う。あとは、その人に会いたいと思えるか?

人間同士のライブ感。互いにこころから向き合えるラポール(信頼)という虹の橋のもと、資格とか、経験、名誉とかすべて取っ払って、人同士でなければ掬えなかった、クライエントの無意識的なものを優しく取り出して、光を当て共鳴できること。
今のところはこれかな。


これからの時代、カウンセリングにも求められることが高くなってゆくと思う。占い師も然りだ。
でも、この人に会いに行きたい!と思わせるカウンセリングもきっとあるはずだ。

結局は基本的傾聴を経ても『共感、共鳴』レベルのことが起こらないと、人間でなくても済んでしまうのかな、悲しいと、最近は思ってしまうけれど。

自分の身をもって、いま改めてカウンセリングとはなんだろう?と問いかける。

『聴く』を真っ白な純粋な気持ちで学びに行ったあのときのように、
今まっしろい脳内で、これからの大河の一滴を待っている。

それは私にもわからない。
川の流れのままに行こう。

この1週間で、何かクライマックスがやってきそうな予感がするので、情報と時間を大事に過ごすことにする。


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