イノベーションは飛ばなくていい。「波紋的イノベーション」のすすめ
イノベーションと聞くと、多くの人は「飛躍」をイメージすると思います。本業とはまったく違う領域に飛び込んで、誰も見たことのない事業を生み出す。映画になるのはだいたいこっちのタイプです。
でも私は、製造業のマーケティング支援をしてきた中で、こう考えるようになりました。
ほとんどの会社にとって必要なのは「飛躍」ではなく「波紋」だ。
今回は、私が「飛び石的イノベーション」と「波紋的イノベーション」と呼んでいる2つの対比について書いてみます。
飛び石的イノベーションとは何か
まず「飛び石的イノベーション」から説明します。
飛び石的イノベーションとは、今の技術や市場とは不連続な場所へ、一足飛びにジャンプするイノベーションのやり方です。川の中の飛び石を、間の石を踏まずに遠くの石へ跳ぶイメージです。
「うちもこれからはAIだ」と、本業と関係のないAIサービスを立ち上げる
「成長市場だから」という理由だけで、技術的な接点のないヘルスケアに参入する
既存事業と切り離した「出島」で、ゼロから新規事業を興す
新規事業の文脈では、むしろこちらが推奨されがちです。「既存事業の延長では大きな成長は生まれない」「自社の常識を捨てろ」という掛け声とセットで語られるからです。たしかに格好いいし、成功すればリターンも大きい。
ただ、冷静に考えると飛び石的イノベーションには構造的な問題があります。未知数が2つ同時に発生することです。
新しい技術もわからない、新しい市場もわからない。実験で言えば、変数を2つ同時に動かしているようなものです。うまくいかないとき、原因が技術側なのか市場側なのか切り分けすらできない。しかも着地点には自社の強みがないので、そこにいる既存プレイヤーと、ハンデを背負った状態で戦うことになります。
体力のある大企業が「打席数」で勝負するならまだしも、一回の失敗が致命傷になりかねない会社が取るべき戦い方ではない、と私は思っています。
波紋的イノベーションとは何か
そこで対案として提示したいのが「波紋的イノベーション」です。
水面に石を落とすと、波紋は中心から同心円状に広がっていきます。波紋的イノベーションとは、自社の技術を中心点に置き、そこから連想を広げるように事業領域を拡張していくイノベーションのやり方です。
うちの技術は、他の機能としても使えないか?
うちの製品は、他の業界でも求められていないか?
今の顧客の、隣の課題を解決できないか?
こうした問いを起点に、一歩ずつ外側の円へ広がっていく。ポイントは、常に「今ある技術」と地続きであることです。中心(=コア技術)から離れすぎないので、自社の強みが効く範囲で勝負し続けられます。
飛び石が変数を2つ動かすのに対して、波紋は動かす変数を常に1つに絞ります。技術はそのまま市場だけ変えるか、市場はそのまま製品だけ変えるか。どちらかが既知なので仮説の精度が上がり、失敗したときの学習も次に活きる。しかも一周外側に広がるたびに新しい知見が「既知の領域」に加わるので、波紋の中心そのものが太くなっていく。これが波紋的イノベーションの一番おいしいところです。
アンゾフの成長マトリクスで整理する
この対比、アンゾフの成長マトリクスに当てはめるとスッキリします。アンゾフは「製品」と「市場」の2軸で、企業の成長戦略を4つに分類しました。
市場浸透:既存製品 × 既存市場
新製品開発:新製品 × 既存市場
新市場開拓:既存製品 × 新市場
多角化:新製品 × 新市場
波紋的イノベーションが狙うのは、このうち「新製品開発」と「新市場開拓」です。製品か市場、どちらか一方だけを新しくする。もう一方は既存の資産をそのまま使う。波紋の「次の一周」だけを攻めるイメージです。
一方、飛び石的イノベーションは「多角化」に相当します。製品も市場も両方新しい。アンゾフ自身、多角化を最もリスクの高い戦略と位置づけていました。片足はかならず慣れた地面に残しておく——波紋的イノベーションは、要するにそういう戦略です。
「大胆な転身」に見える成功は、よく見ると波紋
ここからが本題です。世の中で「異業種への大胆な転身」と語られる有名企業の歴史を分解してみると、実は飛び石ではなく、見事なまでに波紋だったことがわかります。3社見てみましょう。
トヨタ:織機から自動車へ
「織機メーカーが自動車を作った」と聞くと、繊維から自動車への大ジャンプに思えます。でも実際の経緯はかなり地道です。
豊田佐吉が築いた自動織機の事業は、布を織る機械、つまり精密な金属機械を設計・量産する事業でした。鋳造で部品を作り、精密に加工し、組み立てる。豊田自動織機製作所はこの過程で精密機械加工と鋳造の技術を蓄積していきます。
豊田喜一郎が自動車事業に乗り出したとき、いきなり車を作り始めたわけではありません。社内に研究部門を設け、鋳造技術、特殊鋼と鍛造、機械加工と工作機械……と、自動車に必要な要素技術を一つずつ研究するところから始めています。さらに、織機事業で確立した「小規模に試作し、習熟しながら段階的に生産能力を拡げる」という進め方を、自動車の量産でもそのまま踏襲しました。
布から車へ飛んだのではなく、「精密機械の設計・鋳造・量産技術」という中心から、織機の隣にある自動車へ波紋を一周広げた。そう見るほうが実態に近いと思います。
ヤマハ:ピアノからプロペラ、そしてバイクへ
ヤマハの事業展開は、波紋的イノベーションの教科書みたいな事例です。
始まりはオルガンの修理。そこからオルガン・ピアノの製造に進む中で、2つの技術が蓄積されます。1つは木材の加工・接着といった木工技術。もう1つは、ピアノフレームの鋳造技術です。ピアノのフレームには、弦の張力(20トン近く)を受け止める剛性と、音質を高めるための適度な弾性という、相反する性質を1つの鋳物に同居させるノウハウが詰まっています。
この木工技術が買われて、戦時中に木製プロペラの製造を担うことになります。木材を高精度で成形し貼り合わせる技術は、楽器もプロペラも本質的には同じだからです。やがて金属プロペラやその試験用エンジンの製作にまで進みます。
そして戦後の1953年、当時の川上源一社長が「オートバイのエンジンを試作せよ」と指示を出します。楽器メーカーがバイク? と思いきや、社内にはプロペラ用エンジンの製作経験と、ピアノフレームで磨いた鋳造技術がすでにあった。1955年に完成した第1号バイク「YA-1」はレースで勝利を収め、ヤマハ発動機の設立につながります。
楽器→木工→木製プロペラ→金属プロペラ・エンジン→バイク。一周ずつしか広がっていないのがわかると思います。外から見れば「ピアノ屋がバイク」という飛び石でも、技術の系譜をたどれば完全に地続きです。
ダイソン:サイクロンからモーター、電池へ
現代の事例ならダイソンです。
ダイソンの中心はもちろん、紙パック不要のサイクロン技術。遠心分離でゴミと空気を分ける、流体・空力の技術です。
次の一周がデジタルモーターでした。サイクロン掃除機の性能を突き詰めると、汎用モーターの限界(重い、効率が低い、カーボンブラシが摩耗する)にぶつかる。そこでダイソンはモーターを自社開発します。ブラシレスで毎分10万回転超という小型高速モーターは、掃除機の吸引力を支えるだけでなく、ハンドドライヤーやヘアドライヤーといった新しい製品カテゴリーを次々と生み出しました。技術は同じ「小型で強力な気流を作る」、市場だけが広がっていく。きれいな波紋です。
さらにその外周がバッテリーです。コードレス掃除機を成立させるには、モーターと同じくらい電池が重要になる。ダイソンは10年以上前からバッテリーの自社開発に投資し、独自電池の製造拠点まで構えるに至っています。
ちなみにダイソンは2017年にEV(電気自動車)参入を発表し、2019年に撤退しています。モーター・電池・空力という波紋の延長線上にある挑戦でしたが、自動車は一気に何周も外側の市場でした。ダイソンほどの会社でも、波紋を飛び越えた距離のジャンプは成立させられなかった——飛び石の難しさを示す傍証として、私はこのエピソードも含めて好きです。
波紋の広げ方:技術→機能→用途の連想ゲーム
3社に共通するのは、技術をいきなり「市場」に結びつけず、間に「機能」を挟んでいることです。
技術 → 機能 → 用途・市場
ヤマハの木工技術なら、「ピアノを作る技術」と捉えると楽器の外に出られません。でも「木材を高精度に成形・接着する」という機能に翻訳した瞬間、プロペラへの連想が生まれる。トヨタの鋳造も、ダイソンのモーターも同じ構造です。
たとえば「精密な切削加工技術」を持っている会社なら、
技術:精密切削
機能:「ミクロン単位の寸法精度を出せる」「難削材を加工できる」
用途:半導体製造装置の部品、医療機器の部品、分析機器の治具……
技術を機能に翻訳した瞬間、用途の連想が一気に広がります。逆に技術のまま考えていると「うちは切削屋だから切削の仕事しかない」で思考が止まる。波紋を広げる媒質は「機能」なんです。
もうひとつ大事なのは、隣の円から順番に検討すること。いきなり3周外の市場を狙うのではなく、今の顧客の隣業界、今の用途の隣の用途から当たっていく。波紋は中心に近いほどエネルギーが強い。自社の実績や信用が効く距離で戦うほうが、立ち上がりは圧倒的に早いです。
中小製造業こそ、波紋的に行くべき
飛び石的イノベーションは、失敗を何発も打てる体力のある会社の戦い方です。リソースの限られた中小製造業が同じことをやると、一回の失敗が致命傷になりかねません。
その点、波紋的イノベーションなら、
投資は小さく始められる(片方は既存資産の流用)
失敗しても中心は無傷(コア事業は回り続けている)
成功すれば波紋の中心が太くなり、次の一周がさらに広がる
地味に見えるかもしれません。でも、トヨタもヤマハも、振り返れば創業時からは想像もつかない場所まで波紋を届かせています。一周ずつなら、波紋はどこまでも広がるんです。
飛ばなくていい。今の技術という石を、深く、強く落とすこと。 そこから広がる波紋を、一周ずつ丁寧に外へ押し広げていくこと。それが、多くの製造業にとって一番再現性のあるイノベーションの形だと私は思っています。
