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わたしが「ありがとう」を言わない相手

こんにちは、ぱんだごろごろです。

私は、自分の子供時代の体験から、相手が自分の子供であっても、何かしてもらった時には、必ず「ありがとう」とお礼の言葉を言うようにしてきました。
たとえ、お皿一枚運んだだけの時であってもです。

そこでふっと思い付いたのです。
私が何かしてもらっても、お礼を言わない相手っているだろうか、いたとしたら、それはどんな人だろう。

☆☆☆


まずは、私がそんなことを思い付くに至った、ことの初めからお聞き下さい。

私は、現在、円満な家庭を築いています。
娘は結婚して、自分の家庭を持ったため、今家で一緒に暮らしているのは、夫と息子と私の三人。

息子もいずれ一人暮らしをしたいと言っているため、そう遠くない将来、我が家は、前期高齢者の二人暮らしになりそうです。

夫とは、お見合いで一緒になりましたから、初めのうちは、相手がどんな人間なのか、手探りであれこれ知ろうとするところから始めたものです。

お互いの考え方の違いから、言い合いをしたことも何度かありました。


ただ、夫は口下手と言うか、腹を立てると、むしろ黙りこくるタイプなのに対し、私の方は、相手がなぜそう思ったのか、その思考経路を知りたいため、どうしてそう思ったのか、なぜそう感じたのか、そう判断するに至った根拠は何かと、とことん問い詰めずにはいられません。

そうすると、夫は、訊かれたことに上手く答えることができなかったり、その時の自分の感情を適切な言葉にできなかったりするため、

「こう思ったのだから仕方がないだろう」
「どう思ってそうしたのかとかそう言ったのかなんて、いちいち覚えていない」
「そんなにしつこく訊いてくるのは君くらいのものだ」

などと言って、逃げようとします。
それにまた、若かった私は、カッとなる訳なのですね。

当時の私は、自分の感情を、相手にわかるように言語化できないというのはおかしい、とことん自分に向き合い、自分に問い掛けていけば、必ずや言葉にできるはず、私にわかるように、自分の感情を言葉にして説明できないのは、夫に誠実さが足りないからだ、と思い込んでいたのです。

今思えば、よくこんな面倒くさいことを夫に要求していたなぁ、と驚き呆れるばかりなのですが、当時は、そうすることによってしか、相手の考えを理解することはできないと一途に思い込んでいたのでした。

いやはや、何とも、若さですねえ。

それから何年も経ちました。
私も世間並みの賢さを身に付けました。
同時に、自分がなかなか良い夫に恵まれたのだということも、わかるようになってきました。

今の私は、そんな有り難い夫へ惜しみない愛情を注いでいるかと問われれば、「はい、多分」と答えるだろうと思います。

正直に言うと、話しかけられるとうるさいなぁと思ったり、ものを書いているときに、横にいる夫に、どこかに行ってくれたらいいのになぁと思うこともあります。

惜しみない愛情という点で言えば、夫よりも息子の方に、より多く注いでいるようにも思います。

それでも、一つだけ言えること。
私は夫が自分にしてくれることに対して、「ありがとう」のひと言だけは惜しまないで来ました。

夫なのだから、働いて当然、家庭を守って当然、ではなく、働いてくれてありがとう、家族のために色々心配りをしてくれてありがとう、と思って言って来たように思います。

これは夫相手だけではありません。
「ありがとうございます」だったり、「ありがとう」だったり、「ありがとにー」だったり、「ありがとうなん」だったり、相手によって、多少の言葉の違いはありますが、子ども達にも、何か頼んだことをしてくれたり、お手伝いをしてくれたりした時には、それが子どもとして当然のことだとしても、必ずお礼の言葉は言って来ました。

それと言うのも、私の実家では、商売をしていたというのもあったのかもしれませんが、家族の誰かのために何かをしても、「ありがとう」と言ってもらえることがほとんどなかったからなのです。

商家で忙しく働く祖母や両親のため、何かしたところで、それは商家の子どもとして、当然の行為、お礼を言ったり言われたりするようなことではない、という暗黙の了解があったように思います。

ただ、私は、親からも、お礼を言って欲しかった。

女中さんやお手伝いさんにだって、お礼は言うでしょう。
彼らにとって、それが仕事で、するのが当然の行為でも、祖母や母は、『あら、〇〇ちゃん、晩御飯の支度できたのね、ありがとう』と言っていました。

じゃあ、言ってもらえなかった私は、女中さん以下だったのかな。
下働きの下女。
でも、下女にだって、ねぎらいの言葉はかけるでしょう。
じゃあ、仕事として働いているのではなく、給料なしに働いているような人。
つまり、奴隷、かな。
そんな人、当時の日本にはいなかったけど。

でも、奴隷にでも、何かしてくれたらお礼は言うと思う。

だったら、私が何かしてもらっても、お礼を言わない相手って、誰だろう。

そこまで考えて、結論が出ました。

それは、家電製品です!


ご飯を炊いてもらっても、温めてもらっても、私は、炊飯器や電子レンジにいちいちお礼は言いません。

スイカを冷やしてくれてありがとう、麦茶を冷やしてくれてありがとう、と冷蔵庫に語りかけることはありません。

つまり、

私が何かしてもらっても、お礼を言わない相手っているだろうか、いたとしたら、それはどんな人だろう。

相手が言葉を理解する限りは、私は、何かしてもらった相手には、お礼を言っているのですね。

祖母や両親にとって、私は、言語を理解しない存在、つまり、飼い猫のミーみたいなものだったのかもしれません。

お盆で帰ってきている祖母や両親に、訊いてみましょうか(笑)


今日も最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
今日は、雨が降ったかと思うと、ぱあっと晴れたりして、落ち着かないお天気です。
明日は、お盆も送り火ですね。


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