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【き・ごと・はな・ごと(第37回)】飛騨曼陀羅・花木録(1)―イチイ尽くし

名古屋側から飛騨に入り、高山市の東北部に寝そべる丹生川村を東に横切って乗鞍岳を仰ぐ雪深い奥飛騨の温泉郷へ。そこからことしめでたく全面貫通したばかりの安房トンネルを潜り上高地の山襞をクネクネと下る。信州松本を廻って中央本線で帰路へ。・・・・そんな旅をしてきた。三月半ば横浜(わが家)を出るときはポカポカと春うらら。名古屋は汗がじんわり。だというのに、岐阜から富山を南北に縦断する高山本線が、天然記念物/飛水峡を過ぎる頃から、あたりは、ふっくらと白い雪を被る景色へと様相を一変させた。飛騨は寒いよ、と覚悟はしてきたつもりだが、まさか、ここまで季節が逆行するとは思わなかった。

新横浜発6時48分のひかりに乗り、名古屋乗り換え8時40分の特急ワイドビューに乗り換え、高山着10時52分。ほんの数時間の隔たりだけで、おなじ国土に二つの季節を同居させる、この日本って国も案外広いものだなあ・・・・との思いをかみしめた。高山は3月に入ってから例年にない冷え込みで、今朝方は零下13度まで下がったという。雪がちらつく高山駅で、ヤッケとオーバーズボンを重ね着し荷物をロッカーに押し込め、路線バスに飛び乗る。飛騨といえば一刀彫りを始めとしてイチイ細工が有名であるが、その材となるイチイの木ゆかりの位山を訪れたいと思った。イチイは一位と書く。つまり一番の位の木・・・・という意味だ。なんで、そんなエライ名称が付いたかといえば、まさに、それこそが位山との拘わりを無視しては語れない。古代、天皇の即位の際に、ここ位山でとれたイチイの木で笏を作り献上したところ、一位の呼び名を賜ったとされているからだ。

木そのものが優れているとのイミでの一位なのか、最も高貴な位の人の笏に許される木だから一位なのか?・・・たぶん、そのどちらでもあるのだろう。笏とは天皇が即位式、大嘗祭に手にする位板のことで、神主さんが神事のときに持つ定規のようなもの。その笏にしてもそれまで他の木でつくられていたものが、そのおりから一位材を使うようになったもので、笏は以前からあったという説、また、かっての異人国、飛騨が、やまとに服従を誓う証しとして、その全権を委ねるイミで進呈したときから始まったという説、あるいは又、もともと飛騨の国の長である両面宿儺が神武天皇に授け与えたもので献上ではないんだという説など、イチイの笏をめぐる伝承にはさまざまあって尽きない。ここでは、それらを云々するつもりはないが、気になることが・・・?。一位となる以前の、この木は何の木? そして、位山という名は一位にちなんで付けられたのか、それとも、もとから位山であったのか、ということ。位山の一位で作られたので、もとは位板といったが、後に笏木が使用されるようになって笏と呼ばれるようになったともきく。ともあれ、位山の笏献上は2000年来、今日も続けられているそうである。

30分ほどで、バスは目的地の飛騨一宮・水無神社に着いた。標高1529㍍の位山は、北は神通川となって日本海へ、南は飛騨川となって太平洋へと注ぐ分水領を成す。山そのものがご神体そのものであり、水成す、水主の神の座す霊山として信仰されてきた。宮川(神通川上流)が、神社の近くにあたる場所で砂礫の下に潜って水が無いように見える・・・のが水無(スイム)の名の由来である。白い雪を踏んでまず参拝をする。境内は老杉に囲まれて荘厳としたムード。が、肝心の御神体、位山はどこだろう。社務所にて位山のイチイの林を見にいきたいのだが、歩いてどのくらいと訪ねると、歩いてなんてとんでもない。10㌔近くも先。そういって木々の透き間から、雪を被った顔をクッキリと覗かせている山姿を指した。タクシーで乗り付けるにしても、イチイの木のあるあたりは、車道からだいぶ逸れた奥にある。途中で車を降りてから徒歩で山に入らなくてはならないのだが、その山道にしろ、雪深いこの時期には到底ムリ。ならば原生林とまでいかなくとも、イチイに由来する位山のこと、他にもイチイが望めるようなところは?、と願ったのだが、回答は残念ながらNO! イチイはかなり成長の難しい木で、一刀彫りに利用できる太さに育つには数百年におよぶ月日がかかるという。一時期の大量の伐採のせいなのか、飛騨周辺でも今は大分減ったらしい。位山は天岩戸など天孫降臨を彷彿させる巨石群がある。せめて、それをチラリとでもと思ったが・・・・、これもムリ。ということで一宮のお膝下、宮村をひと巡りすることにした。すると、案に反して民家も学校も公園も、墓の周りまでもがイチイの青々とした生け垣をびっしり巡らせているではないか。位山を仰ぐ村は、イチイ尽くしで居住まいを正した品のいい山里だった。実はこれ、高山市内にもいえることで、意識して市の木、イチイの木を誇りをもって掲げている。そんな印象を受けた。高山駅前の広場には寄贈された二本のイチイの木が並んでいる。推定樹齢は三百年、五百年である。前者の高さ13㍍、後者18㍍。なぜか歳数を重ねた方が柄も威勢もいい。二百年の歳の差なんて!・・・・、ここにも人間の力を凌ぐ自然界の神秘のパワーをみた。

飛騨一之宮水無神社
宮村から望む春待つ位山の表情
おみくじを結んだイチイの枝
イチイの生け垣
のどかな町の佇まい
飛騨一之宮駅のホームにもイチイの木
駅の跨線橋を越えると樹齢1000年余の臥龍桜の公園がある。国の天然記念物。
JR高山駅前のイチイ

文・写真:菅野節子
出典:日本女性新聞―平成12年(2000年)4月15日(土曜日)号

き・ごと・はな・ごと 全48回目録

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