クリスマスイブ・最低と最高の日 七転八倒の苦しみと卵巣癌で20年30年生きている人との出会い
最低からはじまったクリスマスイブが最高の日になった。
七転八倒の胃の痛み
まずは最低のスタートから。
朝起きたらなんとなくみぞおちが痛かった。波があって2~3分おきに痛みがくる。
どんどんひどくなって卵巣癌が再発して何か起こっているのだろうかと不安がます。病院に電話していそぎみてもらうことになった。夫が出社前に送ってくれて冬休みになった長女が付き添ってくれた。
病院について受付をするその間にもどんどん悪くなって座っていられないぐらい。様子を見かねて早目に受付の手配をしてくれた。長女に荷物を持ってもらって何とか歩く。
主治医は手術中で代診の先生がレントゲンと血液検査の後、痛み止めの点滴の手配をしてくれた。
その間もどんどんどんどん痛くなって立っていられないぐらいで病院のソファーの上で身もだえて、がまんができなくて血液検査の受付に「とても待てない」と訴える。
受付の人は私の番号を見て「今声をかけるところでした。先生からベッドを用意して点滴するように言われています」とすぐにベッドのブースに案内してくれた。そのころはもう、ベッドの上で身もだえるぐらいの痛みで、血液検査の血液も波の合間を待って何とかとってもらう感じになった。
もう信じられないぐらいの痛みだったのに、血液検査の後に点滴の痛み止めをしてもらうと痛みがすっと下がった。
その様子を見て代診の先生はこれは「癌の方ではなさそう。胃の方かも。帰って様子を見てもらうので大丈夫だと思うよ」と言う。
半信半疑でいたけれど確かに帰宅してときどき痛む気がするものの、朝のようなどんどん痛くなるようなことはなくてホッとした。
この日はこの後、癌の患者会の面談を申し込んでいた。
朝の痛みだととても無理な気がしていたけれど、ぶじ面談も受けられた。
コレは最低の1日を最高の1日に変えてくれた。
最高の1日になった患者会の面談
今朝の痛みの話をすると、主治医にすぐ痛みを相談できる関係なことを褒めてもらったり、回復手術の後に自分で思っている以上に内臓が疲れてしまっている可能性なども教えてもらった。
今回はセカンドオピニオンとTC療法の抗がん剤6クールの後にゼジューラの維持療法をすることについて相談した。
セカンドオピニオンでは、なんとなく癌研有明に行くのかな? と思ったりもしていたけれど、患者会の担当のかたは論文ベースや手術がうまい先生がここにいるというようなことも含めて具体的に教えてくれた。
コレはまた別にまとめておこうと思う。
何より最高だったのは、私はもう自分の余命はデータを見てあと5年なのかなと悲観的な気持ちになることが多い。
子供のことや仕事があるからなんとかそういうものから離れていられる時間が作れているというぐらい。
例えば、NISA口座を見る時、普段なら今が買いだと買いを入れる時、クレジットカードを新しく作るとき、コンタクトレンズを新しく半年分買う時、もう、こんなことやっても意味がないという気持ちになる。
そんな感じで通っている病院の看護婦さんに「卵巣癌で20年生きている人を連れてきて!」とやつあたりのように言ってしまた。
彼女は癌専門の看護婦さんなのに、知っている人の中で卵巣癌で一番長く生きている人は6年だった。やっぱり5年や6年しか生きられないんだ。
患者会でそんな話をすると「本当に何年生きられるかはだれにもわからない。でも私は21年生きてるよ。〇〇エリアには27年、〇〇には30年、〇〇には25年生きてるレジェンドがいてそういう人たちと私は日常的に会っているよ」ということを教えてもらった。
卵巣癌のくるしみを言葉にしてきいてもらって、そして自分自身もじっさいに生きている人に初めて会えた。
大阪で金つなぎの会主宰という患者会を主催する広野光子さんの番組もYoutubeで流れてきた。
この方は卵巣癌で30年生きている!
すごい! 最悪な1日の始まりだったけれど、最高の1日の終わりになった。
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