【椅子取りゲームの朝】土曜日の通勤電車、おばさまと女子高生が魅せた時速80キロの神速ステップ
土曜日の朝、私はとある「撮影ミッション」のために、眠い目をこすりながら電車に乗り込みました。
週末の早朝だというのに、車内は一部のガチ勢による「出勤・通学」の熱気で異様な空気。
そう、土曜朝の車内は、限られたシートを奪い合う「愛席のスウィート(座席)取り合戦」の火蓋が切って落とされる、バトルロイヤルの会場だったのです。
運良く入線してきた電車で座席を確保できた私は、「ふぅ、今日も勝った」と心の中で小さなガッツポーズをしていました。
しかし、本当の戦いはここからだったのです。
次の駅に到着し、プシューとドアが開いた瞬間。
降りる人と、新しく乗り込んでくる人が交差するその刹那、車内は一瞬にして「席取り映画(えいが)合戦」のスクリーンへと変貌しました。
空いた座席を目がけて、視線と視線が火花を散らす。
まさに「あ、そこ空くのね!?」という無言の電光石火です。
さらに次の駅でも、お決まりの座席争奪戦が勃発。
事件が起きたのは、私が目的地に近づき、「さて、降りるか」と腰を浮かせ、隙(すき)を作ったその瞬間でした。
私が立ち上がると同時に、左右から物凄いプレッシャーが私の元・座席めがけてやってくるのが分かります。
ターゲットをロックオンしたのは、百戦錬磨のオーラをまとうおばさまと、制服を着た女子高生。
普通なら「お先にどうぞ」という美しい譲り合いが生まれるところですが、ここはサバンナ(車内)。
女子高生は、おばさまに対して一切の容赦をしませんでした。
教科書がぎっしり詰まっているであろう重いスクールバッグを遠心力でコントロールしつつ、神速のステップで滑り込んだのは……なんと女子高生!
若さの瞬発力が、おばさまの経験値を完全に凌駕した瞬間でした。
おばさま、無念のオーバーラン。
さらにドラマは続きます。
ふと見ると、優先席エリアが一つぽっかりと空きました。
すると、それを見逃さなかった中年の女性が、まるでバックヤードからの緊急ダッシュのごとく、アイル(通路)を猛プレッシング。
ターゲットを確認してからのトリプルアクセル並みの方向転換で、見事にそのシートへと滑り込み(テイクオフ)を果たしたのです。
「……いや、これ完全に格闘ゲームか競馬のゲームだよ!」
心の中でそうツッコミを入れながら、私はおっとっとと降車駅のホームへと吐き出されました。
ふと車内を振り返ると、さっきまで私のいた目の前に、満員電車のなかでずーーっと立ち尽くしていた一人の男性が、ようやく次の席が空くのをじっと待っています。 「次は、あの男性が座れるといいな……」 そんな淡い願いを抱きつつ、私は駅の階段を上りました。
私たちは何を求めて「席」へダッシュするのか
この朝の座席サバイバルを特等席で観戦して、私は深く考えさせられました。
人間、どんなに普段はスマートに、あるいは上品に生きていても、目の前の「たった一つの椅子」を前にすると、本能が剥き出しになる瞬間があります。
女子高生のあの容赦のないスピード感も、中年女性のあの執念のダッシュも、単に「足が疲れているから」という理由だけではない気がするのです。
それはきっと、日々の忙しさや社会の理不尽と戦うなかで、「せめてこの電車の中くらいは、自分のテリトリー(安息の地)を自力で勝ち取りたい」という、小さなプライドの現れなのかもしれません。
誰かに用意された席ではなく、自分の俊敏性と執念でもぎ取った席。
そこに座る瞬間の全能感は、もはや小さな「勝利」そのものです。
ですが、同時にこうも思うのです。
あの激しいバトルの裏で、ただ静かに順番を待ち、周りに席を譲りながら立ち続ける男性のような存在もまた、このカオスな満員電車の世界をギリギリで支えている「隠れた美徳」なのだと。
効率やスピードばかりが重視される現代社会。
時には、あの女子高生のような猛烈なハングリー精神で「席」を取りにいくパワーも必要ですが、たまには一歩引いて、誰かが座るのを優しく見守るくらいの心の「マージン(余白)」も忘れない大人でありたいな、とカメラを構えながらしみじみ思った土曜の朝でした。
皆様は今日、人生の「お気に入りの席」に座れていますか?
