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無言のパントマイムと、空っぽの箸箱が紡ぐ我が家のLINE奇譚

朝、家を出る。
そのわずか2分前、我が家には「静寂」という名の巨大な嵐が吹き荒れます。

靴を履こうとする私の背中に突き刺さる、熱い視線。
振り返ると、そこには直立不動でこちらをじっと見つめる奥さんの姿が。

……何? 私の顔に何かついてる?
それとも、今日の寝癖がファンキーすぎた?

違いました。
視線のレーザービームが指し示す先は、キッチン。
そこにポツンと取り残されていたのは、今日私が会社に持っていくべき「お弁当」でした。

いや、忘れた私が100%悪い。
それは認めます。
でもね、物申したい。
出かける直前の「無言の圧力」で気づかせるくらいなら、あと1分早く「弁当忘れてるよ」と声に出して言ってくれたって、バチは当たらないんじゃないかと思うわけです。
我が家はいつからサイレント映画の撮影現場になったのでしょうか。


そんなスリル満点の朝を乗り越え、なんとかお弁当をカバンに滑り込ませて出社。
午前中の波を乗り越え、待ちに待ったお昼ご飯の時間がやってきました。

お腹と背中がくっつきそうな空腹を抱え、愛妻弁当をデスクに広げます。 「ふふ、今日も美味しそうだ」 蓋を開け、意気揚々とマイ箸箱に手を伸ばしました。

カチャ。

……ん? なんだか、いつもより箸箱が軽い気がする。
嫌な予感を胸に、パカッとプラスチックの蓋を開けてみました。

中身は、見事なまでの「無菌室」。

箸が、入っていない。

一瞬、思考がフリーズしました。
「箸を忘れたら、端(はし)にも棒にもかからないってか!」などという昭和なオヤジギャグを脳内で呟いて現実逃避を試みましたが、お腹の虫は容赦なく鳴り響きます。

幸い、デスクの引き出しの奥底に、いつぞやの遺物である「予備の割りばし」が眠っていたため、餓死の危機は免れました。

しかし、ここで引き下がる私ではありません。

私は静かにスマホを取り出しました。
そして、デスクの上に「空っぽの箸箱」と「予備の割りばし」を綺麗に並べ、パシャリと一枚の写真を撮影。
すぐさま奥さんのLINEへ、文字は一切添えずに、その画像だけを「無言の送信」として送りつけてやったのです。
朝の「無言の圧力」に対する、私なりのサイレント・カウンターアタックでした。


その後、数分で既読がついたものの、返信はいまだにありません。
きっと向こうもニヤリと笑っているか、あるいは「チッ、予備があったか」と悔しがっていることでしょう。

この一連の「無言のラリー」を終えて、私はふと考え込んでしまいました。

長年一緒にいる夫婦というのは、言葉を省略しがちになります。

「あれ取って」「それ片付けて」で通じるうちはまだマシで、今回のように「視線」や「写真一枚」で全てを察し合う領域に達すると、もはや一種の超能力(あるいはテレパシー)の領域です。

しかし、これは「甘え」と「信頼」の絶妙なバランスの上に成り立っている、ちょっぴり危険な綱渡りでもあります。
「言わなくてもわかるだろう」がエスカレートすると、いつか決定的なボタンの掛け違いを生むかもしれない。
仕事や若い世代とのコミュニケーションなら、一発で「ほうれんそう(報告・連絡・相談)がなっていない!」と雷が落ちる案件です。

それでも、家庭という逃げ場において、この「言葉のいらない不完全さ」をクスッと笑えるユーモアに変えられる関係性は、案外悪くないなと思うのです。
完璧に管理された世界よりも、箸を入れ忘れるお茶目さがあり、それを無言の写真で弄り合えるくらいの隙がある方が、人生という長い旅路を歩む上では心地いい。

明日の朝は、視線を感じる前に自分からカバンにお弁当を入れるつもりです。 ……あ、でも、そうなると奥さんの次の「無言の仕掛け」が見られなくて、逆にちょっと寂しくなっちゃうかもしれませんね。

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