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始発駅の「特等席」で訪れた試練〜忍び寄る化学物質の影〜

朝の通勤電車。
始発駅という奇跡の立地を活かし、私はいつも堂々とシートに沈み込む。
まさに座りたい放題。

勝ち誇った気分で「いつもの席」に深く腰を下ろし、これから始まる長い移動時間への決意を固めていた。

しばらくして、ひとりの女性が隣の席に腰掛けた。
ここまでは、ごく普通の通勤風景。
平和で穏やかな朝のひととき……のはずだった。

その瞬間である。

鼻腔を突く、かすかな、しかし確実に脳の警報を鳴らすあの気配。
うっすらと漂ってくる、ピリミジン臭。

……辛い。

化学物質の鋭い刺激が、容赦なく私の鼻から体内へと侵入してくる。
脳内で緊急事態宣言を発令するも、時すでに遅し。
ここから目的地までの道のりは、果てしなく長い。
座席のぬくもりを噛みしめる余裕など一瞬で吹き飛び、襲い来る猛烈な吐き気との孤軍奮闘が始まった。

「これ、労災認定されないだろうか?」
「いや、もはや身体に対する侵害、傷害罪レベルでは……?」

頭の中で必死に法律の条文を捏造しながら、私はただひたすら無の境地を目指して呼吸を浅くする。

満員電車という空間は、見知らぬ他人と至近距離で空間を共有する極限の環境だ。
私たちは日々、お互いの存在というノイズを擦り合わせながら生きている。
しかし、目に見えない「匂い」という刺客は、こちらのパーソナルスペースを容赦なく侵犯してくる。

逃げ出せばいい。
席を立てばいいのだ。
頭では分かっている。

だが、せっかく勝ち取った始発駅の「特等席」という小さな権利を放棄する悔しさと、立ち上がって体調の悪さを露呈する惨めさが、私をその場に縛り付ける。

人は時に、くだらないプライドのために自らを苦境に追い込む生き物だ。
「耐えること」が解決策ではないと知りつつも、呼吸のリズムを極限まで殺しながら、ただ駅を通過していく時間をカウントダウンする。

結局、快適さを求めて座ったはずの席で、私はただの「耐え忍ぶ肉体」と化していた。

便利で効率的な現代社会の日常において、私たちが求めている「安らぎ」は、案外こんなにも脆く、隣り合わせの誰かの気配ひとつで簡単に崩れ去ってしまうものなのかもしれない。

とりあえず、次からは活性炭マスクを二重にして乗車することを固く心に誓った。

私の胃袋とメンタルが、目的地まで持ちこたえてくれることを祈りながら。

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