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『私』はどこにあるのか?映画『君の顔では泣けない』 髙橋海人と芳根京子の信頼感

もし自分が別の誰かと入れ替わったらどう生きるだろうか?数々の「入れ替わりもの」を見ている人だったら、1度は考えたことがある妄想だろう。しかしそれが妄想ではなく、「本当」になってしまった場合、それはすべての世界が変わってしまうということだ。

親や友人との関係性や日々の生活。選ぶ仕事や家庭、すべての未来が、今まで生きてきた自分ではなくなるということだ。「入れ替わりもの」というと、どこかわくわくしてしまうのは、「まったく違う自分になれる可能性」が含まれているからだと思う。しかし、本当にまったく違う自分になったとき、残る気持ちはなんだろう。それは、不安でしかない。

◼︎よくある入れ替わりものではない『君の顔では泣けない』

『君の顔では泣けない』は、君嶋彼方さんによる小説で、芳根京子さんと髙橋海人さんで実写化。本作は、坂平陸と水村まなみの物語。二人は高校1年のときに、プールに一緒に落ちたことがきっかけで入れ替わってしまう。いつか元に戻ると信じ、入れ替わったことは二人だけの秘密にすると決めたが、「坂平陸」としてそつなく生きるまなみとは異なり、陸はうまく「水村まなみ」になりきれずに戸惑う。もう元には戻れないのだろうか。迷いを抱えながら、二人は高校を卒業し、上京。入れ替わったまま、人生の転機を経験していくことになる。

本作は「よくある入れ替わりもの」ではない。入れ替わって15年もの間、1度も元に戻ることなく、お互いの人生を生きていくことになる。「元に戻りたい」という気持ちと「この姿で生きていくしかない」という気持ちの対比や揺れが切なく、もどかしい。

◼︎大好きな作品が実写化することへの複雑さ

ここでまず、大好きな作品が実写化することへの複雑さについても触れたい。好きな作品が実写化するときは、いつでも少し複雑な気持ちになる。読書のいいところは「想像」ができることだ。そのキャラクターの声、体温、顔、身長…文字から、雰囲気から、今まで経験してきた自分の人生から彼・彼女のことを想像して、頭の中でどんどん形ができていく。

実写化するということは、誰かの想像が具現化するということだ。本作に関しては題材的に実写化するだろうなぁ、とは思っていたけれど、いざ実写化が決まると、正直、不安半分うれしさ半分という感じだった。

キャストが芳根京子さん(陸)と髙橋海人さん(まなみ)と発表されたときはほっとした。数々の作品で二人の演技を見ていて、シンプルに演技が上手い人だというイメージがあった。特に髙橋さんがオードリーの若林さんを演じた『だが、情熱はある』では、そのリアルさに度肝を抜かれた。実写化するときの俳優への信頼はマストだ。

◼︎私の中の想像を飛び越えたまなみと陸の物語

公開してすぐに見たくて、レイトショーで見に行った。まず、映画の作りがとても丁寧だと思った。「入れ替わりもの」という物語はものすごくフックになる話題だと思うので、もう少し派手に改変することもできたと思う。内容を改変しなくても、宣伝方法など、いくらでも派手にすることはできたはずだ。しかしそれもなく、静かに丁寧に二人の生活と心の機微を描いていることが伝わってきた。

小説では陸視点で語られているため、まなみの本心が見えにくい。文庫ではまなみの気持ちが少し語られているけれど、やはり読んでいる側としては陸の視点になる。しかし、私が女性だからなのか、読んでいるときからまなみの気持ちが気になって仕方なかった。

感情の起伏が激しくてすぐに揺れる陸に比べて、まなみは大人で落ち着いているように見える。本を読んだ時は、これは男女の精神年齢の差でもあるのかなと思っていた。もちろんその考えは捨てきれないけれど、実写化されてまなみがひとりの人間としてリアルに映し出されたとき、表情ひとつで伝わってくるまなみの苦悩のようなものがたまらなく胸にきた。

特に、陸があることを電話で報告したときのまなみ。小説でもきっと複雑だったはずなのに、まなみがあまりにもちゃんと陸を励ますから、まなみは強いな、と思っていた。しかし実写になると、それを告げられたときの髙橋さんの仕草や表情が絶妙すぎて、まなみの苦しさや切なさ、絶望感が一瞬で伝わってきて、胸がぎゅうううっと掴まれた。

まなみには夢があった。しかし、それはどうしたって今の状況では叶わない。それだけでも苦しいのに、他人が自分が生きたかった、生きるはずだった人生を生きている。そんなの、悔しさとか嫉妬とかそんな言葉で表せるものではなくて、そこの苦しみを髙橋さんがとても上手に丁寧に表現していた。そのときの髙橋さんの演技は、「なんて顔するんだ…」と苦しくなってしまった。しかし、言葉では小説通り、きちんと陸を励ます。その相反する感じが、切なく、もどかしかった。

芳根さんの陸は、一言で言うと、めちゃくちゃ「陸」だった。感情の起伏が激しくて、何かあると爆発してしまって、もがいて頭がぐっちゃぐちゃになってしまう陸。芳根さんの、あの、内から漏れ出るパワーみたいな演技はなんなのだろう。特に物語の中盤、あるショックなことが起こり、陸がまなみに苛立って自分の感情をぶつけるシーン。あそこでは陸の感情が爆発する。冷静に神の視点で見ていると「そんな自分勝手な」と思ってしまうシーンかもしれない。しかし、芳根さんがそこまで積み重ねた「陸」の感情や表情を見ていると、「そう言ってしまうのも仕方ない」とどこか納得できる。陸のがむしゃらさや不安定さが、痛いくらいに伝わってきた。

自分のアイデンティティはなんなのか。外見がいくら変わっても、中身が自分であればそれは自分、と思えなくもないが、陸とまなみを見て「きちんと」想像すると、そんなふうにも言えない。人は、外見と中身が掛け合わさって、きっと初めて「その人」になる。例えば中身を知らなくても「なんとなく雰囲気が好き」みたいなこともあると思う。所謂一目惚れのような。それは、もちろんその人が醸し出す雰囲気ではあるが、容姿プラス内面から漏れてしまうような雰囲気が掛け合わさって感じるものだ。

その「外見」の部分が突然他人と入れ替わってしまったら。その上に性別まで変わってしまったら。考えただけで絶望してしまう。陸とまなみは、途中までは「いつか戻るかもしれない」という希望を抱いて生きている。お互いにとってなるべく良い人生であるように人生を歩み、外見のケアも忘れない。途中からそのフェーズが終わり、それぞれ人生を歩む中で、どれほどの葛藤があったのだろう。まなみの葛藤が染み出てくるような後半は苦しくて、ずっとじんわり泣いていた。

ここまで物語に没頭して、陸やまなみのことを考えたり、自分や周りの大切な人がそうだったらどう思うだろうと考えたりできるのは、キャスト陣の演技が素敵だったからだ。確かに派手な作品ではなかった。なかったけれど、その静けさと、どんなことがあっても日々は進む、という地に足の着いた感じが、原作リスペクトを感じてとても好きだった。

私の中の頭の想像を飛び越えて、芳根さんと髙橋さん、他のキャストの方(みなさん文句なしに素晴らしかった)、製作陣が見せてくれた『君の顔では泣けない』の世界。このような素敵な作品と出会うと、実写化する意味を強く感じる。そしてこんな作品に出会う度に、作品の魅力を伝えられる人間になりたいと思うのだ。

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