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俺にとっての『るろうに剣心』(後編)

*前編を読んでない方は、そちらを先に読んでいただくことをお薦めします。

良い点ばかりではなかった平成版アニメ

前編では平成版アニメがいかに子供の頃の俺に大きな影響を与えたかを述べた。だが、欠点てのはあるっちゃある。

まず、アニメオリジナルの話に当たりハズレの差が激しい。一話完結の物は割と面白いが、数話構成の中編は全てではないが、つまらないのが目立った。つまらないだけならともかく、世界観を壊されるのはもっと嫌だったかな。『風水編』なんてその最たる物だった。『京都編』が終わった後はずっとアニメオリジナルで、視聴者も離れていったのか打ち切りになってしまった。

唯一の劇場版(1997年)も酷かったな。作画が酷いし、剣心が対決する事になる敵役の理念を弥彦が聞いて、そいつに与しようとする描写はマズいだろと思った。その敵役はまだ義憤に駆られていて、それとは別に本当に悪い連中がいたとはいえね。

で、問題作であるOVA『星霜編』(2001年/2002年)。古橋一浩監督は特にテレビの『京都編』とOVA『追憶編』で良い仕事をしてくれた。だが、剣心の不殺の誓いに関しては懐疑的であったようで、『星霜編』はここまでしなければ剣心の贖罪は達成されないだろうという暗黙のメッセージが込められていると思う。だからといって、剣心と薫にあそこまでさせる必要はないではないかと今でも思う。唯一良かった点は、原作ではゲスでしかない縁を孤高の復讐者として描いたところだろうか。

平成版ラストは OVA『新京都編』(2011年/2012年)。これはキャストの当時の元気にしてますよ的な熱演と、成田剣さんの鈴置洋孝さん的な要素(鈴置さんは2006年に亡くなられた)と独自の演じ方が組み合わさった見事な二代目斎藤の名演を楽しめる。それ以外は...うん話したくもない。

このように、良い所もあれば悪い所もある訳で。それでも受けた影響の大きさと感謝の気持ちを否定しようなどとは一切思わない。これからもソフトを側に置き続けることだろう。

他メディアの感想

①原作(無印)

全てはここから始まった。
1994年から1999年まで連載。時代物は受けないとされながらも、当時の和月さんの美麗な絵もあって、女性を中心に人気を集めた。剣心•左之助•蒼紫はもちろんの事、数ページしか登場しない相楽隊長や2コマのみの沖田の二人も人気投票でTOP10入りする程。
京都編に入ってから、ジャンプ王道のバトル路線を突き詰め、一般的な人気を獲得し、ジャンプ看板作へと登り詰める。最大のライバルの斎藤、偉大で最強な比古師匠、最凶の悪役である志々雄の登場は非常に大きかったと思われる。

やはり、原作がなければ平成版アニメは存在しなかった訳で、偉大な存在である。俺自身も完全版という形ではあるが、コミック全巻は揃っている。
が、近年ほとんど見返す事はない。最近、X上に毎日の記念日や出来事を紹介する際に、それに相応しいコマを撮って一緒に投稿しているぐらいである。

何だろう、平成版アニメで十分じゃねと思うようになってきたのだ。アニオリでつまらない話や劇場版や『星霜編』を省けば、アニメだけで楽しめるではないかと。アニメも細かい改変があって、初期に神谷道場を奪おうとしていた比留間兄弟の内、弟しか出てないとかあるけど、個人的には別にという感じである。多少の粗に目を瞑れば、アニメの『東京編』も普通に楽しめる。

こうまで俺が言うのは、原作の『人誅編』が失敗作だなと思うのと、近年の和月さんの言動への反感である。言動の件は後で述べるとして、『人誅編』がなぜ失敗作だと思うのかを述べよう。

第一に敵のほとんどがカスであることだ。その筆頭である縁、コイツのキャラは破綻している。確かに姉である巴の仇を討ちたいという気持ちは本心であろう。だったら、徒党を組んで関係のない人達を巻き込むなんてことはせず、お前一人で剣心に勝負を挑めよとなる。巴死後にある夫婦に匿われたとあるが、何とその夫婦を殺したというのも元々ない好感度が益々マイナスになったものだ。上記で述べたように、『星霜編』のような孤高の復讐者として描くべきであった。

他のキャラも師匠や友人や仲間の仇を討ちたいと言っておきながら、それは建前で単に自分の力試しとか人を痛めつける快楽のためが本心という、いやほんとカスかよて感じだ。外印と鯨波はつまらない敵ではなかったが、カラクリ使いと過剰な銃火器使い、それぞれの姿は何か『るろ剣』の世界観に合わない。

あとは終盤で名シーンとされる「剣と心を賭して〜」。あれも必要だったのかな?と思う。時代的にやむを得なかったとは言え、幕末に多くの人を斬ってきた剣心。平和になった明治では己の罪の贖罪として、犠牲者を出さずに困っている人の安寧のために戦う。もう初期の段階で剣心の行動原理は確立されているのだ。改めて不殺を宣言するのはクドく感じた。剣心へのアンチテーゼとして斎藤の存在もおることだし、後は余計な事はする必要がなかった。てな訳で『人誅編』、もうほとんど読む事は無いだろう。

『人誅編』の合間に挟まれる『追憶編』にもガッカリしたね。先にOVAの方を見たからというのもあるけど、とにかくギャグが不要。剣心も抜刀斎も根底は変わらないということを描きたかったのだろうけど、抜刀斎時代の剣心は流浪人の頃とは別人で神秘的であってほしかったね。十字傷完成のくだりも巴が死に際に自らの意思で剣心の頬に傷を刻むのが良かったのに、原作では偶然の産物だったとはね(ため息)。飯塚や闇乃武連中も原作では小物であった。
OVAでの飯塚なりの生きることへの必死さと闇乃武筆頭の辰巳の大物ぶりはアニメスタッフの賜物であったのだ。後の文章にも述べているが、和月さんは『京都編』が終わった後は名悪役名敵役が産み出せなくなったのだ(あくまでも『るろ剣』においては)。

あと、これも細かいけど、左之助が赤報隊時代の親友の月岡津南と再会するエピソードがある。津南から一緒に亡き相楽隊長のために明治政府にテロを起こさないかと誘いを受け、実行しようとする夜に剣心が立ちはだかるが、左之助は自分を止めてくれたと思い、津南を止めて事なきを得たというのが原作。対して平成版アニメは、左之助が剣心に男としてもう一度勝負を挑むという展開になった。どちらの展開の方が良いかは人それぞれだと思うが、俺はリアルタイム時にテレビで左之助がもう一度剣心に勝てるはずもない勝負を挑む姿に、熱さを感じて感動したので、後で原作を読んだ時にガッカリしたということは書いておく。

と言う訳で、原作も決して完璧ではないのだ。同じ完璧でない物なら、まだ平成版アニメの『東京編』と『京都編』と少しのアニオリ、そしてOVA『追憶編』(1999年)を選ぶよということだ。

②実写映画

2012年から2021年の間に、結果的に全部で5本制作された実写シリーズ。全てチェック済みだ。トータルの感想は、実写としては頑張った方だと思う。時間の制限もあるので、改変とかキャラの描写が多少薄くなったりするのがあるのはしょうがないと思うし、実写と二次元じゃキャラのリアクションの表現にも限界の差というものはある。そんな中で実写なりの『るろ剣』の世界を良く描けたなと思う。最も原作やアニメからまんま出てきたと言えるのは、藤原竜也さんの志々雄だろう。個人的には自分が見てきた原作有りの日本の実写化作品の中で数少ないパーフェクトな配役だと思う。

もちろん気に入らない改変もある訳で、例えば翁を死なすとか、左之助と安慈和尚に闘う前からの接点がないので、二重の極みが出てこないのと、廃物毀釈という和尚最大のバックボーンも描かれず、和尚のやられ方もギャグ調になっていること。和尚は和月さんのお気に入りキャラの1人なので、和月さんは激怒してもおかしくはないはずだが、そう言う話は全く聞かない。平成版アニメにはあれだけ文句を言ったのに、実写にはないのですかと呆れている。あと不二のサイズ小さいし、小物になってたな。

『追憶編』に当たる話はOVAの流れが踏襲された。有村架純さんが巴を演じる際、岩男潤子さんの巴を参考にした事が明らかになっている。俺の中ではOVA『追憶編』神話がまた強固な物になった。

実写シリーズは不満もあるが、観て損はないだろう。

③『北海道編』

2017年に漫画の方も『北海道編』がスタートした。が、思っていたのと違って大変ガッカリしている。
昔のガイドブックの構想には西部劇の様なタッチでとあった。当時の北海道は政府は屯田兵を派遣して、開拓が行われていたので、屯田兵や移住者、流れ者やアウトローが絡み合う和風ウェスタンな趣きの話になっていたとのこと。なので考証に破綻をきたさない程度で異国感のある剣撃と銃撃入り乱れる話を期待していたのだが...。

実際の話は劍客兵器という連中が出てきて、元寇時代の鎌倉武士の末裔を称し、来るべき異国との戦争(日清戦争の事だろう)に備えて、北海道で実戦経験という名の破壊工作を目論むのを、剣心達が阻止するという話となった。

ところが個人的には劍客兵器連中にはほとんど魅力を感じられない。何か大袈裟で無駄に規模が大きく(志々雄一派よりも)、世界観ぶち壊しな特殊能力やオーパーツな戦闘を仕掛けてくる。ガイドブックに載ってた構想通りにやってくれよとガッカリ感もあったし、それに代わるような魅力的な話になっていないのは致命傷だ。和月さんは本当に魅力的な悪役敵役が造れなくなったのだろう。そもそも『人誅編』の時点でお察しではあるが。痛いのは別に志々雄一派や刃衛クラスでなくとも、ほとんどが小物というね...。

敵だけでなく、味方の三馬鹿みたいなのにも魅力を感じられなくてね。何か邪魔にしか感じないのだ。永倉新八ぐらいかな、新キャラで良いのは。穏やかだけど剣の腕前はトップクラス。あの斎藤も敬意を持つだけのキャラとなっている。

そう、その斎藤と剣心、バッタリ再会している。無印原作の終盤では抜刀斎に戻ることのない剣心に愛想を尽かし、異動という形で剣心の前から去り、二度と会うことはなかった(「拙者の前から永遠に姿を消し去った」と剣心によるモノローグがある)となっていたので、矛盾を起こしやがってという感じだ。ニアミスじゃダメだったのかなと。信念が違うし、顔を会わすことはないけど、北海道の別々のところでそれぞれ同じ敵を相手に戦っているの方が良かった。あと無印最終回の時点で、剣心はもう全盛期のように闘えなくなっていたのでは。このように無印原作で残した設定は大事にしてほしかった。それを翻してまでも現在のような『北海道編』を描きたかったのか描かざるをえなかったのか、こういう点でも和月さんの限界を感じた。

だが、観柳が再登場して、かつての小物の姿が少し薄れ、コイツなりの信念(金への執着とか)がしっかり描かれたのは評価したい。しかし、旧キャラは観柳ですら魅力パワーがあるのに、新キャラの大多数はなあ。

それでこの『北海道編』、9年経っても一向に完結しない。無印原作の様な週刊ではなく月刊というのもあるが、何より和月さん自身の体調不良による休載の連発、近年では令和版アニメのストーリー構成もやるようになったことも影響している。身体がお強い方でないのはわかったのだけれど、ならば最初から大風呂敷を広げるような設定にしなければ良かったのにと思う。

結論から言えば『北海道編』、期待ハズレで大して面白くない。作者が自身の能力の限界を省みずに描いたら、当然良い物は描けないという事を学ばせてもらったよ。話が面白くないのも問題だが、何より過剰にならない程度に「和」と「洋」が融合された明治初期の世界観が素敵だったのに、作者自らがそれをぶち壊してしまったのは本当に残念だ。絶対にガイドブックの時の初期構想で行くべきだったと今でも感じている。ただ、9年も一応目を通しているのでね、惰性だが完結まで見届けるよ。

④令和版アニメ

2023年、制作スタッフ•制作スタジオ•キャスト総入れ替えで再TVアニメ化された。(が、制作発表時の和月さんのコメントにはカチンときた。詳細は後で)。もはや「古典」的な存在の『るろ剣』。若い世代にも魅力を伝えていくのであれば、フレッシュに今の技術で制作、かつキャスト総入れ替えもやむなしだろう。若い世代に馴染みのある声優陣の方が耳を惹くだろうし。

ぶっちゃけ演出は弱いかな。神谷道場での剣心VS斎藤とか、剣心と薫の一時の別れのシーンにそれが顕著に表れている。声優陣は今の時代ならこれで良いのではないかな。ただ、同じ台詞でも平成版アニメは落ち着いて喋っているのに、殺気や苛立ちが半端ない。対して令和版は無駄に声が大きいか張り上げている。俺は令和版キャストにも落ち着いて喋らせても、ちゃんと念は出ると思う。これは音響監督の力量の問題だろうな。

アニメ化は『京都編』の剣心•左之助•斎藤が志々雄のアジトに出発したところまでされている。その『京都編』で最大の改悪が起きてしまった。京都大火を阻止するエピソードが無駄に長くなったことだ。

なぜか煉獄に乗船していて、剣心と対決する蒼紫。
→この時点で蒼紫と再戦させたら、アジトでの再戦の重みがなくなるではないか。

左之助まで煉獄に乗り込んで、方治と一悶着。
→原作や平成版アニメのように、シンプルに津南から貰った手榴弾で沈めれば良いではないか。おかげでスピード感が削がれた。方治もちゃんと銃剣使えよ。

監督不行届な志々雄
→呑気に剣心VS蒼紫を見ずに、左之助にも目を配らせるべきだったな。

甘ちゃんな斎藤。
→俺が知ってる斎藤なら、由美ごと志々雄を貫くだろう。変に言い訳めいた捨て台詞が余計であった。あとここで由美が志々雄を庇ったら、最終決戦時の重みが軽くなるではないか。

必要がないモブ達の描写。
→無名の奴らにも戦う葛藤があることを伝えたかったのだろうが、ファンはそんなの求めてない。それだったら、上記の致命的な粗を何とかすべきだった。

あと個人的には上記の論外な問題に加えて、恵さんを早めに京都に来させたのもなんだかなて感じ。俺は恵さんが女性キャラの中で1番好きだが、だからといって剣心や薫達が京都で闘っている間は、道場の留守を預かるという役割の放棄をさせて良いとは思わない。出番が増えるのが必ずしもプラスになるとは限らない例か。

評価されている点は『雷十太編』の改変。雷十太が人を斬ったことがないのは単に経験していないからではなく、本心から斬れないとなった。正直必要がなかった。和月さん本人が当時の単行本のコメントで失敗したと言っていたので補修をしたつもりなのだろうが、飯綱という技を持っていながら本心から斬れないというのは無理があるだろう。明治での剣術を憂いながらも剣術を舐めてたキャラということで、そのままで良かったんじゃないだろうか。

これらの問題点が全て令和版スタッフによるものならともかく、先程もチラッと触れたが、ストーリー構成が和月さん自身によるものなのだな。和月さん的には当時描いたことを見返してこうしとけば良かったというのが多々あったのだろう。それを令和版で実現させたということになるが、ことごとく外しているというね。『北海道編』を休載してまで何をやっているのか。

数少ない高評価したいところは、剣心が初めて逆刃刀を使う過去を描いたオリジナル回かな。流浪人になってから、高熱で倒れていたのをとある夫婦に助けられ、終盤でその夫婦を助けるために初めて逆刃刀を振るうという、本当の意味で「流浪人・緋村剣心」の誕生の瞬間が描かれた。こういう話を入れられるなら、肝心の京都大火のエピソードの補強はどうにかならなかったのかとモヤモヤするのだ。

現在(2026年7月)のところ、『京都編』の続きのアニメ化の情報は一切ない。1番最後の放映が2025年3月下旬だから、1年以上も放置されていることになる。これでは黒字になっていないのではと思われても仕方がないだろう。俺自身は令和版アニメには思い入れはないが、楽しみにしている人はいるだろうから、やるならその人達のために無印原作を制覇してもらいたいね。『追憶編』が令和版だとどうなるか少しは気になるしね。この調子のままであったら、絶対にOVA版を超えられないと思うが。

和月伸宏さんに物申す

ついにここまできた。とにかく言うだけ言ってやる。

『るろ剣』は実はTVアニメ化の前にドラマCD化している。刃衛との闘いまで音声化された。この時の剣心は緒方恵美さんであった。和月さんは大変このキャスティングを気に入っていた。それがアニメでは涼風真世さんに変わって、しかも当時の涼風さんには声優経験が一切なかったとなれば、ガッカリもするし、不安にもなったろう。

実際、涼風さんも薫の藤谷美紀さんも最初は上手くなかった。だが、回を重ねるごとに上達していった。『京都編』に入ってからの道場での剣心の抜刀斎への変貌はとても怖かったし、一時の剣心と薫の別れのシーンも感動した。それだけ涼風さんと藤谷さんが努力されたということだ。あの三ツ矢雄二さんが音響監督を務めていたのも大きい。

まあそれでも和月さんは最後まで気に入らなかったのだろう。それならそれで良い。当時の単行本で(『東京編』放映時か)ぐちぐち言っているのだが、和月さんも二十代とお若かったから、ついつい公に対して書いちゃうのはしょうがなかった。

ところが令和版アニメの制作発表時に、和月さんは「令和版は忖度なしのオーディションで〜」とコメントした。これには大変腹が立った。平成版アニメの時の愚痴は、和月さん自身も若かったから許されるものであった。それを五十代にもなってまだ言ってんのか、ガキかよとストレートに感じた。涼風さんと藤谷さんが下手っぴのままであったならまだわかるが、そのお二人は最終的に役をものにしたのだから、その努力を踏み躙られたようで本当に怒りが込み上げた。ただ単に新しい世代のために新たな形でとそれだけ言えばよかったのに、本当に余計な事を言ったものだ。

それで令和版アニメが平成とは違う演じさせ方とか演出になるのは良いとして、肝心のストーリー構成を和月さんが担っているのに、上記の通りの体たらく。あと当時、『刃衛編』がたった二話にされたと文句を言ってたが、和月さんが関わっていても令和版アニメも二話構成になったじゃないか。どの口が言うのか。

何だろう、和月さんはご自分が故・鳥山明さんや井上雄彦さんクラスになったおつもりなのだろうか。そのお二人はそれぞれ『ドラゴンボール超(スーパー)』と『THE FIRST SLAM DUNK』を成功させている。後者はキャストが総入れ替えなのが不満であったが、それでも結果を出している。

だが和月さん、あなたは令和版アニメを成功させてないではないですか。むしろ余計な要素を加えて失笑を買っているじゃないてすか。あなたが「忖度なし」と大口を叩いたもんだから、どれ程のものになっているかと思ったらこのザマだ。『北海道編』の方も無印に遠く及ばない。むしろ描かない方が良かった。無理もない。『京都編』まではアシスタントの方々(尾田栄一郎さんや武井宏之さん等)とアイデアを出し合って描いていたのだから。パートナーの黒碕薫さんが、『北海道編』と令和版アニメでストーリー協力をされているが、黒碕さんの提案に文句を言うこともあるようで。流石に憶測だと思うが、黒碕さんの提案を何もかも素直に受け入れてたら、『北海道編』も令和版アニメも少しはマシになったのではないでしょうか。お若かった頃のアシスタントの方々と協力し合ってた頃のようにね。

まとめると、和月さんには絵の才能はあっても、鳥山さんや雄彦さん、冨樫義博さんのようにほぼお一人で良質なストーリーを構成する力は持ち合わせていない。『人誅編』の出来でわかる。その上、今の和月さんには良いキャラを生み出す力の限界がきている。それにも関わらず、いい年になっても平成版アニメへのディスりと、大口を叩いた癖に令和版アニメに関わっておきながらつまらないものになり、平成版アニメを超えられてない。つまり結果が伴っていない。力量不足が知れる。ズバリ言おう。あなたに平成版アニメを叩く資格はないのです。あなたが今描いている&関わっているもの達よりも平成版アニメの方が面白い(つまらない方のオリアリ、『星霜編』、『新京都編』は除くが)。叩くなら平成版アニメを超えてから叩いてください。無理だと思いますが。

令和版アニメが音沙汰ない間に、今まで封印されていた平成版アニメがサブスクで解禁された。これが何を意味するのか、和月さんと令和版アニメの敗北なのだ。結局、平成版アニメの方が面白く、令和版アニメは頼りにならないという烙印を貼られたのだ。和月さんにはしっかり己の敗北を素直に受け入れて、令和版アニメが今後少しでもマシになるように努力すべきです。あと、あなたは腐っても原作者です。俺は何だかんだで『北海道編』を頭から現在まで目を通しました。さっきも述べたが、惰性ながら完結まで見届けてあげますよ。少しは原作者に対しての敬意というものはありますからね。お身体には十分気を付けてください。

終わりに

まさか、前編と併せてこんなに長くなるとは思わなかった。それだけ言いたい事が山程あったということだろう。ああ、スッキリした(笑)。

まあ、和月さんには大変厳しいことを言ったが、何だかんだ言って和月さんが『るろ剣』を描かなきゃ、愛しの平成版アニメも生まれなかったのでね、そこのところは本当に感謝している。だからこそ、不満があったかもしれないが、それでも当時のキャストやスタッフが多少粗を見せても、努力して良いものを作っていることに対しては、ある程度のリスペストは示しても良かったのではと思う。もう詮無き事だがね。取り敢えず、『北海道編』と令和版アニメは最後までやり遂げていただきたい。そこは原作者としてプライドの一つは見せてもらいたいものだ。

そして俺はこれからも平成版アニメを愛でていく(『東京編』、『京都編』、OVA『追憶編』を中心にな)。様々なメディアの媒体を一通り体験した上でも、やはり平成版アニメが俺にとっての理想の『るろうに剣心』であるのだと再認識できた。当時のスタッフ&キャスト、主題歌を担当してくれたアーティスト達へは最大限の感謝を申し上げたい。それだけ、俺が子供の頃に様々な大きな影響を与えてくれたのだから。だからこそ、恩返しとして平成版アニメのレガシーを今後も伝えていきたい。

終わり

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