AirPods Pro 3のライブ翻訳機能──便利さと引き換えに失うもの
9月19日(金)、AppleからAirPodsの最新モデル「AirPods Pro 3」が発売されました。
このモデルの目玉とされている特徴のひとつが、ライブ翻訳機能です。英語、中国語、スペイン語など多言語に対応予定で、日本語は2025年末までに追加される見通しです。
海外出張や商談、多国籍チームの会議、接客、留学、語学学習などいろいろな場面で使える、と期待されています。
ところで、ライブ翻訳された言葉は、本当に話し手の意図を的確に伝えているのでしょうか?
「すごい」の一言が、相手を怒らせるかも
この事例は Apple 製品ではありませんが、大阪万博で「最新の同時翻訳機能を使って、中国語でインタビュー」を試みた、という動画です。
アナウンサーの男性が、中国から来た来場者に尋ねます。
「今日はどこから来られたんですか?」
翻訳機は正確に中国語へ変換し、「陝西省西安市です」と返答。
ここまでは完璧です。
続いてアナウンサーは、万博見学の感想を質問します。
が、翻訳機はここで、大変な翻訳をしてしまうのです。
アナウンサー:何がすごかったですか?
翻訳機:有什么了不起的?
中国語に翻訳された質問は「それの何がそんなにすごいの?」という意味。まるで、西安市から来た男性を挑発しているように聞こえます。
幸い、男性は何を尋ねられたのか真意をくみ取り、自動翻訳を通じて「ここに着いたばかりなのに、まだ見始めるつもりです」と答えています。多少の日本語の乱れには目をつぶるとして、相手が寛容だったおかげで、何とか意思疎通できた、というところでしょうか。
ここで気がかりなのは、少なくともアナウンサーの男性はそんな失礼なやり取りになっているとはまったく気付いていない、ということ。
言葉を知らなければ、結局、ライブ翻訳が正しいかどうかなんて分かりません。これはAIの精度がいくら上がっても、同じことです。
AIによって言葉の壁は消滅したも同然、という主張もありますが、語学を学ぶ努力が不要になることは決してないでしょう。また、文化の違いを理解し、その場の空気を読むことができるプロの通訳者も然りです。
便利さの裏に潜む懸念
便利なライブ翻訳機能が付いたAirPods Pro 3の価格は、税別で39,800円。iPhone本体も必要とはいえ、音質やノイキャン性能が向上したハイエンドなイヤホン単体で見れば、飛びぬけて高いわけではありません。
また、このAppleのライブ翻訳機能は、万博に登場した翻訳機と比べて精度や速度が格段に優れていると予想されます。
ところで、ビジネスや旅行・留学などで、外国語でコミュニケートする機会がある方なら、言葉がうまく通じず、身振り手振りも交えながらなんとか伝えようとした経験があるかと思います。あるいは「何言ってんの?」という顔をされて、あせったり落ち込んだりしたことも。
そんなストレスフルな体験が、便利なツールのおかげで回避できるのかもしれません。でも、この「壁」にぶつかる体験が、異文化交流の醍醐味でもあるのではないでしょうか。「次こそはこんな風に言えるように勉強しておこう」と発奮したり、あるいはコミュニケーションはままならなくても、お互いの人柄を感じて笑いあえたり。貴重な学びは、成功だけでなく失敗から、楽しかった思い出だけでなく悔しかった記憶からも得られます。
一方で、お互いにライブ翻訳の人工音声に耳を傾け、デバイスの画面に表示される字幕をじっと読む。そんなやり取りで、お互いの心理的な距離は果たして縮まるのでしょうか。そして実体験から得る学びを失っている可能性はないでしょうか。
技術と人間らしさのバランスをどう取るか
異文化コミュニケーションに摩擦やもどかしさはつきものですが、ライブ翻訳機能は、それを「安心・快適な体験」に変えるかもしれません。一方で、その快適さは、自分の文化圏、コンフォートゾーンから出ないまま交流を終えることを意味しています。
テクノロジーの進化は止められませんが、使い方は私たち次第です。
たとえば、重要度が高い交渉や契約の場面、機密情報を扱う時はプロの通訳者を軸に、自分たちも入念に準備をしておく。
通訳者の手配が間に合わない緊急時や、通訳できる人を複数用意しておきたい場面では、デバイスを使ったライブ翻訳を活用する。
そして関係構築の場面ではできるだけ自分で話しながら、ライブ翻訳機能もハイブリッドで使ってみるなど、性能を確かめながら、使い分けを考える必要があるでしょう。
便利さの先にある「人間味」を守れるかどうかが、これからのコミュニケーションの大きな課題となるはずです。
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