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普通に見えるよね」が一番困る。見えない障害で働くということ

「普通に見えるよね」が一番困る。見えない障害で働くということ

「え、障害あるの?全然普通に見えるけど」

何回言われたか分からない。悪気がないのも分かっている。むしろ褒めているつもりなのかもしれない。

でも、この言葉を聞くたびに、何とも言えない気持ちになる。

「普通に見える」ということは、「困っていないように見える」ということだ。困っていないように見えるということは、「配慮はいらないよね」につながる。

そうじゃない。見えないだけで、中身はボロボロの日もある。

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障害者雇用で工場勤務をしている。30代後半。このnoteでは、削られながら働く日々を記録している。

今回は、「見えない障害」で働くことについて書く。身体障害で車椅子に乗っているとか、杖をついているとか、そういう「見える障害」ではない人間の話。

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■ 見えないから、信じてもらえない

自分の障害は、外見からは分からない。

普通に歩ける。普通に話せる。普通に作業もできる。少なくとも、表面上はそう見える。

だから、障害があると言うと驚かれる。「嘘でしょ?」と言われたこともある。嘘じゃない。嘘ついてまで障害者雇用で働くメリットなんかない。

見えないから、信じてもらえない。信じてもらえないから、配慮を頼みにくい。配慮を頼みにくいから、我慢する。我慢するから、壊れる。

この連鎖が、見えない障害の一番きつい部分だと思っている。

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■ 「元気そうだね」のプレッシャー

調子が悪い日でも、「元気そうだね」と言われる。

表情を作っているだけだ。工場では暗い顔をしていると「大丈夫?」と聞かれる。聞かれるのが面倒だから、普通の顔を作る。普通の顔を作ると「元気そうだね」と言われる。

元気じゃない。でも元気じゃないと言えない。言ったら「え、でも普通に見えるけど」に戻る。

だから笑う。笑って、帰宅して、崩れる。

この「普通の顔を作るコスト」が、見えない障害を持つ人間には毎日かかっている。健常者にはこのコストがない。この差は、外からは絶対に見えない。

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■ 障害者雇用なのに「普通枠」として扱われる

障害者雇用で入社している。会社も知っている。人事も知っている。

でも、現場では「普通の人」として扱われることがある。

「障害者雇用だけど、普通にできるよね」

これは褒め言葉のつもりで言われている。でも、この言葉の裏には「だから普通と同じだけやってね」がくっついている。

普通にできるように見えるのは、見えないところで工夫しているからだ。耳栓を変えて、通院を続けて、平日は何もせず体力を温存して、やっと「普通に見える」レベルに持っていっている。

その努力は見えない。見えないから「普通にできる人」として扱われる。扱われると、配慮を求めにくくなる。

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■ 「もっとつらい人がいる」と言われる

見えない障害あるあるだと思う。

「車椅子の人はもっと大変だよ」
「目が見えない人に比べたらマシでしょ」
「歩けるだけいいじゃん」

そうかもしれない。でも、つらさに順位をつけることに意味はない。

骨折した人に「足を失った人よりマシだよね」とは言わないだろう。でも、見えない障害には平気でそれを言う人がいる。

見えない障害は、「本当につらいのか」を常に疑われる障害だ。つらさを証明しなきゃいけない。それ自体がつらい。

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■ それでも、障害者雇用を選んでよかった

きついことばかり書いたけど、障害者雇用で働くことを後悔はしていない。

一般雇用で無理して、壊れて、退職して、引きこもった時期がある。あのときよりは、今の方がずっとマシだ。

障害者雇用で得られたもの。

・合理的配慮を堂々と使える立場
・通院のための特別休暇
・「無理しなくていい」と言ってくれる上司(運が良かった)
・障害を隠さなくていい安心感

全部、一般雇用では手に入らなかったものだ。

「普通に見えるね」と言われるのはきつい。でも、障害を隠して一般雇用で働いていたときの方が、もっときつかった。

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■ 見えない障害で働いている人へ

「普通に見える」と言われて、モヤモヤしたことがある人。

「もっとつらい人がいる」と言われて、自分のつらさを否定しそうになった人。

あなたのしんどさは本物だ。見えないだけで、嘘じゃない。

「普通に見える」のは、あなたが毎日努力しているからだ。その努力は誰にも見えないけど、自分だけは知っている。

それでいい。自分はそう思うようにしている。

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この記事を読んで「分かる」と思った人は、スキを押してほしい。

見えない障害で「普通の顔」を作って働いている人が、どれだけいるか知りたい。

けずり

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