死んだモメンタムを純化したら、生き返るのか — 残差モメンタムの日本株追試(2023–2026)
*検証実施: 2026年7月17日 / 筆者: けとる*
要約
「上がった株はさらに上がる」というモメンタム効果は世界中の市場で確認されていますが、日本株はその最も有名な例外です。学界にはこれに対する定番の処方箋があります。リターンから市場やバリューなどのファクターで説明できる部分を取り除き、銘柄固有の部分(残差)だけで勢いを測る「残差モメンタム」です。米国発の原典に続き、「日本でも残差なら効く」という報告が複数あります。
本記事では、自作のBarra型リスクモデルで推定した日次残差を使い、この定番をJ-Quantsデータの直近35ヶ月で追試しました。結論は次の3点です。
1. **生き返りませんでした。** 銘柄固有の勢いの予測力(IC)はむしろ小さな負(−0.029、t=−1.94)で、固有部分だけを完全に取り出した系列は年率−3.2%でした。
1. 副産物として、方法論上の教訓が得られました。**スコアを残差化しても、ポートフォリオは残差化されません。** 残差スコアで組んだロング・ショートも、リスクの72%は依然としてモメンタム因子でした。
1. この期間の生モメンタムの利益(年率+8.4%・コストなし)の源泉は、銘柄固有の勢いではなく**ファクター側の勢い**だった — というのが現時点の解釈(仮説)です。
なお、記事中のロング・ショート(LS)ポートフォリオはすべて、ファクターの働きを測るための**分析用の物差し**であり、売買対象ではありません。詳細は文末の免責事項をご覧ください。
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1. 日本は「モメンタムの墓場」
モメンタム効果 — 過去半年〜1年の勝者がその後も勝ち続ける現象 — は、Jegadeesh and Titman (1993)以来、国や資産クラスを問わず確認されてきた、実証ファイナンスで最も頑健なアノマリーのひとつです。
ところが日本株だけは、世界的に有名な例外です。Asness (2011)は「Momentum in Japan: The Exception That Proves the Rule(日本のモメンタム: 例外が規則を証明する)」と題した論文で、日本のモメンタム単体のシャープレシオがほぼゼロであることを確認しています(同論文の主眼は、バリューとの強い負相関を踏まえて両者を「システム」として見れば日本でも機能している、という擁護論です)。
私の検証環境でも同じでした。本シリーズのファクター検証で、生の12-1モメンタム(直近1ヶ月を除く過去12ヶ月リターン)のIC(スコアと翌月リターンの順位相関)は、統計的にゼロと区別がつきませんでした。
https://note.com/kettle_3/n/n47c06e9ad9a2
今回の検証窓(2023年8月〜2026年6月、35ヶ月)でも、生モメンタムのICは+0.007(t=+0.35)。世界標準のアノマリーが、日本では静かに死んでいます。
2. 定番の処方箋「残差モメンタム」
これに対する学界の定番の処方箋が**残差モメンタム(residual momentum / idiosyncratic momentum)**です。
Blitz, Huij and Martens (2011)は米国データで、銘柄リターンをFama-French 3ファクターへの時系列回帰で「ファクターで説明できる部分」と「残差」に分解し、残差だけの12-1の勢い(残差ボラティリティで基準化)でポートフォリオを組むと、通常のモメンタムに比べてリスク調整後の利益がおよそ2倍になり、時期による浮き沈みも小さくなることを示しました。理屈はこうです — 通常のモメンタム戦略は、過去1年にたまたま上がったファクター(市場や小型株など)への傾きを暗黙のうちに積んでしまう。残差で測れば、その「見せかけの勝者」を除き、銘柄固有の勢いだけを取り出せる。
そして日本にとって重要なのは続報のほうです。Chaves (2016)は米国+21ヶ国でこの効果を確認し、伝統的モメンタムが機能しない日本でも成立すると報告しました(ワーキングペーパー時代の題名は “Eureka! A Momentum Strategy that Also Works in Japan” — 「見つけた! 日本でも効くモメンタム戦略」)。Chang, Ko, Nakano and Rhee (2018)は日本市場に特化して残差モメンタムの有効性を検証し、Blitz, Hanauer and Vidojevic (2020)も先進国・新興国にまたがる国際検証の中で「日本でも機能する」と明記しています。
つまり先行研究の示唆は、**「死んだ日本のモメンタムは、純化すると生き返る」**。
手元には、本シリーズで構築したBarra型リスクモデルがあり、全銘柄の日次残差(ε: ファクターで説明できない銘柄固有のリターン)が推定済みですhttps://note.com/kettle_3/n/n448c84ac7d15
追試の条件は揃っています。
3. 検証の設計
**リスクモデル**: Barra型の簡易特性モデル。市場+5スタイル(ベータ、サイズ、バリュー、配当利回り、モメンタム)、業種因子なし。日次のクロスセクション加重回帰(WLS)で純粋ファクターリターンと残差εを推定しています。市場因子とTOPIXの相関は0.998で、モデルの基本動作は健全です。
**ユニバース**: 流動性フィルタ(日次売買代金5,000万円)を通過した約1,500〜2,000銘柄(月次中央値約1,800)。
**スコア**: 各月末で、εの12-1累積(直近1ヶ月を除く過去12ヶ月の固有リターン)。素点版と、自銘柄の残差ボラティリティで割った調整版(Blitz流)の2種類を用意しました。比較対象は同一期間・同一ユニバースの生12-1モメンタムです。
**ポートフォリオ**: スコア5分位で、上位20%ロング・下位20%ショートの等ウェイトLS。月次リバランス、売買コストなし。
**期間**: 2023年8月〜2026年6月、フォーメーション35回(εの履歴の長さによる制約です)。
先行研究との主な相違点は3つあり、あらかじめ明記しておきます。(1)標本が35ヶ月と桁違いに短い(先行研究は数十年)。(2)残差化の手法が異なる(先行研究の主流は月次リターンの時系列FF回帰、本検証は日次のクロスセクション特性モデル)。(3)業種因子を含まないため、εには業種効果が残ります。したがって本検証は「同一条件の再現実験」ではなく、**同じ思想の別実装による追試**です。
4. 結果(1): 生き返らなかった
|系列 |IC平均(n=35)|t値 |LS年率(コストなし)|シャープレシオ|
|--------------|----------|-----|-----------|-------|
|生モメンタム(12-1) |+0.007 |+0.35|+8.4% |0.69 |
|残差モメンタム(素点) |−0.029 |−1.94|— |— |
|残差モメンタム(ボラ調整) |−0.024 |−1.59|+1.6% |0.18 |
|完全純化 w’ε(本文参照)|— |— |−3.2% |−0.77 |
※ICはSpearman順位相関の月次平均。LSは残差版についてはボラ調整版のみ集計。
固有の勢いのICは、素点版で−0.029(t=−1.94)、ボラ調整版で−0.024(t=−1.59)。**符号はむしろ負** — 固有リターンの勝者は、翌月わずかに負けやすい。2種類の実装がともに負符号で、内部では整合しています。ただしt=−1.94は両側5%水準にわずかに届かず、35ヶ月の標本で言えるのは「弱い逆張り傾向の示唆」までです。
LSの成績も一貫しています。生モメンタムは年率+8.4%(シャープレシオ0.69)、残差版は+1.6%(同0.18)。そして、ポートフォリオのリターンから因子部分を恒等的に差し引き、固有部分だけを取り出した系列(w’ε: ポートのウェイトwで残差εを合成したもの)は**年率−3.2%**(同−0.77)でした。純化すればするほど、成績は下がっていきます。
【図1】

図1: 左は3系列の累積リターン(月次・コストなし・35ヶ月)。右は生/残差モメンタムLSの平均分散シェア。残差版でも分散の72%はモメンタム因子で、銘柄固有は7%にとどまる。(Barra型簡易モデル/J-Quants APIをもとに筆者作成)
5. 結果(2): スコアの純化は、ポートフォリオの純化ではない
本検証でいちばん持ち帰る価値があるのは、実はこちらの発見かもしれません。
残差スコアで組んだLSのファクター露出(標準化ベース)を測ると、モメンタム露出は+2.27。生モメンタムLSの+2.60からほとんど減っていません。分散(リスク)の内訳で見ても、残差版LSの72%はモメンタム因子由来で、銘柄固有部分はわずか7%です(図1右)。**スコアからファクターを取り除いても、ポートフォリオにはファクターがほぼそのまま残った**のです。
なぜでしょうか。εの勝者と総リターンの勝者の順位相関を測ると0.870 — ほぼ同じ顔ぶれでした。種明かしはモデルの説明力にあります。日次クロスセクションのR²は平均0.10、つまり銘柄間のリターン差の約9割は、もともとε(固有部分)です。ファクター部分を差し引いても銘柄の順位はほとんど動かず、「残差の勝者」は「ただの勝者」とほぼ同じ。そしてその勝者たちを買えば、過去12ヶ月リターンという特性 — すなわちモメンタム露出 — は自動的に高くなります。
数字の整合も確認しておきます。残差版LSの年率+1.6%は、恒等分解(LSリターン=露出×因子リターン+固有部分)で「ファクター部分およそ+4.8%、固有部分−3.2%」に割れます。プラスの成績はすべてファクター側からで、純粋な固有部分はマイナス — ICの負符号とも辻褄が合います。
(技術メモ: 平均露出×平均因子リターンという静的近似では+1.3%にしかならず、実際のファクター部分+4.8%を大きく下回ります。差分は露出と因子リターンの共変動、いわばタイミング成分です。静的近似は目安にとどめるべき、というのも今回の教訓のひとつでした。)
6. 解釈: 利益の源泉はファクターの勢い(仮説)
以上を素直に読むと、こうなります。
**この期間の日本では、モメンタムの利益源はファクターのレベルの勢いにあり、銘柄固有のレベルに勢いは存在しない(むしろ弱い平均回帰)。**
実際、本モデルの純粋モメンタム因子そのものはこの期間に年率+3.5%(IR 0.74)と上昇しており、生モメンタムLSの+8.4%は「高いモメンタム露出×上がったモメンタム因子」でおおむね説明がつきます。
これは近年の研究とも響き合います。Ehsani and Linnainmaa (2022)は米国データを中心に、個別株モメンタムの利益は各ファクターの自己相関(ファクター・モメンタム)の集積であり、モメンタムは独立のリスク因子ではなくファクターをタイミングする戦略だ、と論じました。今回の日本の断面で観測された形 — ファクター側に勢いがあり、固有側にはない — は、この見立てと整合的です。ただし35ヶ月の観測に基づく解釈であり、仮説の域を出ません。
7. なぜ先行研究と逆なのか
「日本でも残差モメンタムは効く」という複数の先行研究に対し、本検証は逆の結果になりました。正直に候補を並べます。
第一に、**期間**です。先行研究は数十年、本検証は35ヶ月。仮に残差モメンタムに長期的なプレミアムがあったとしても、3年弱の窓で観測できる保証はありません(逆に、研究の公表後に効かなくなった可能性も、この標本からは区別できません)。
第二に、**残差化の手法**です。先行研究の主流は月次リターンの時系列FF回帰(36ヶ月窓)ですが、本検証は日次のクロスセクション特性モデルです。残差の定義が違えば、「残差モメンタム」の中身も変わりえます。第5節で見たとおり、本実装ではスコアの残差化がポートフォリオの純化につながっておらず、これは手法選択の帰結でもあります。
第三に、**設計の細部**です。業種因子なし(εに業種効果が残る)、等ウェイト・売買代金5,000万円フィルタのユニバース(小型株が相対的に厚い)なども、結果に影響しうる要素です。
したがって本記事の位置づけは、先行研究の否定ではなく、**「この設計・この期間では再現しなかった」という一つの否定的追試(negative replication)**です。追試は再現してこそ強く、再現しなくても記録に残してこそ次につながる — というのが本シリーズの方針です。
8. まとめと次の一手
- 定番の処方箋「残差モメンタム」を直近35ヶ月の日本株で追試したところ、固有の勢いのICは小さな負(−0.029、t=−1.94)で、完全に純化した固有部分は年率−3.2%。**生き返らなかった。**
- **スコアの純化はポートフォリオの純化ではない。** 残差スコアのLSも、分散の72%はモメンタム因子のままだった(勝者の順位相関0.870、モメンタム露出+2.27)。
- この期間のモメンタムの利益源はファクター側の勢いにある、という解釈(仮説)。ファクター・モメンタム研究とも整合的。
次の一手も見えています。本当に固有の勢いだけを取り出したいなら、スコアをいじるのではなく、**構築段階でファクター露出をゼロに縛ったポートフォリオ**(モメンタム露出中立などの制約付きLS)を組む必要があります。これは今後の検証課題として予告しておきます。
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免責事項
- 本記事は情報提供および研究目的で作成したものであり、金融商品取引法に基づく投資助言・投資勧誘を目的とするものではありません。特定の銘柄・金融商品の売買を推奨するものではありません。
- 記事中のロング・ショート(LS)ポートフォリオは、ファクターの働きを測定するための分析用の物差しであり、売買対象ではありません。空売りを含む構成であり、筆者はこれらのポートフォリオを運用していません。
- 検証結果はすべて過去データに基づく観測であり、将来の成果を保証・示唆するものではありません。標本期間は35ヶ月と短く、統計的な不確実性が大きい点にご留意ください。
- 記載のリターンはすべて売買コスト・税金等を考慮していません。
- データの取得・処理には注意を払っていますが、内容の正確性・完全性を保証するものではありません。本記事の情報に基づくいかなる判断も、ご自身の責任でお願いいたします。
データ出典・図表
- データ: J-Quants API(株式会社JPX総研)をもとに筆者作成。
- 記事中の図表・分析・計算はすべて筆者(けとる)によるものです。
参考文献
- Jegadeesh, N., & Titman, S. (1993). Returns to Buying Winners and Selling Losers: Implications for Stock Market Efficiency. *Journal of Finance*, 48(1), 65–91.
- Asness, C. S. (2011). Momentum in Japan: The Exception That Proves the Rule. *The Journal of Portfolio Management*, 37(4), 67–75.
- Blitz, D., Huij, J., & Martens, M. (2011). Residual Momentum. *Journal of Empirical Finance*, 18(3), 506–521.
- Chaves, D. B. (2016). Idiosyncratic Momentum: U.S. and International Evidence. *The Journal of Investing*, 25(2), 64–76.
- Chang, R. P., Ko, K.-C., Nakano, S., & Rhee, S. G. (2018). Residual Momentum in Japan. *Journal of Empirical Finance*, 45, 283–299.
- Blitz, D., Hanauer, M. X., & Vidojevic, M. (2020). The Idiosyncratic Momentum Anomaly. *International Review of Economics and Finance*, 69, 932–957.
- Ehsani, S., & Linnainmaa, J. T. (2022). Factor Momentum and the Momentum Factor. *Journal of Finance*, 77(3), 1877–1919.
