【第22話】治療が終わっても、身体は元に戻っていなかった
前回の投稿でも軽く触れたが、
7月後半に6回目の抗がん剤治療が終わった。

正直、最初の頃は身体的な辛さはあっても
数日の話だった。
吐き気がある。食欲がなくなる。身体がだるい。
それでも数日経てば徐々に回復し、
また仕事へ戻る。
3回、4回と治療を重ねるうちに、
自分なりに抗がん剤との付き合い方も
分かってきたような気がしていた。
だが、5回目の頃から少し変わってきた。
なぜか治療室へ向かうこと自体が億劫になった。
そして、その嫌な予感は的中した。
5回目以降は副作用も強くなり、
貧血感を含めて身体の変化を
大きく感じるようになった。
特に6回目は一番辛かった。
それでも予定していた全6回の治療は終わった。
副作用も少しずつ落ち着いてきた。
「ここからは徐々に身体も
元に戻っていくだろう。」
そう思っていた。
だが、治療が終わったことと、
身体が元に戻ることは全く別だった。
その日は、指導している高校サッカー部の
練習試合だった。
真夏ということもあり当然暑かったが、
ある程度暑熱順化もしてきた時期だったので、
そこまで危険な暑さだとは感じていなかった。
朝食もしっかり食べていた。
私は朝ごはんを食べない日なんて、
365日のうち1日あるかないかくらいだ。
むしろこの日は早めに家を出て、
現地近くのマックで朝マックを食べながら
仕事までしていた。
いつも通りの朝だった。
この日は人数が少なかった。
選手たちの体調面への配慮と、
実際にピッチへ入って感じたことを
伝えたいという気持ちもあり、
私も練習試合へ出場することにした。
試合前にはGKのアップを担当し、
シュートを100本くらい打った。
最近は土のグラウンドにも少しずつ慣れてきて、なぜかこの日は調子が良い気さえしていた。
相手チームも人数が少なかったため、
30分×3本。
私はそのうち2本に出場した。
6回目の抗がん剤を終えた頃から、
足の裏や手先に血が通っていないような
独特の貧血感があった。
この日も多少は感じていた。
それでも高校生の練習試合に、
コーチとして入る程度なら問題ない。
そう判断した。
1本目は特に問題なかった。
むしろ久しぶりにしっかりサッカーが
できることが楽しかった。
ピッチの中で感じたことを選手たちへ伝え、
そのまま2本目にも出場した。
ところが途中から、心臓に違和感を感じ始めた。
私は幼少期から心臓に少し問題があり、
年に1回あるかないか程度で
不整脈が出ることがあった。
今回の手術や抗がん剤治療でも
心臓に負担がかかる可能性があると
言われていたため、定期的に検査も受けていた。
この時も不整脈に近い感覚はあったが、
プレーできないほどではない。
なるべく省エネでプレーすることを心掛け、
そのまま試合を終えた。
本当に辛くなったのは、その後だった。
試合が終わり、片付けをしていると、
徐々に呼吸が荒くなってきた。
足にも力が入らない。
立っていることすら難しくなっていった。
どうしようもなくなり、ベンチへ横になった。
5分ほど休めば大丈夫だろう。
そう思って一度立ち上がった。
だが、今度は最初よりも
強い貧血感が襲ってきた。
意識が遠のきそうになる。
さすがにこれはまずいと思った。
選手や顧問の先生が、
水分やタオルを持ってきてくれた。
その後は冷房の効いた部屋へ移動し、
しばらく休ませてもらった。
試合後のミーティングには何とか
参加できたものの、立って話すことはできず、
座りながら選手たちへ話をした。
帰りの電車でも貧血感は残っていた。
帰宅するだけでも一苦労だった。
昼食を取り、しばらく休むと徐々に回復し、
翌日にはほとんど問題なくなっていた。
実はその日の夜、
「明日、目が覚めなかったらどうしよう。」
なんてことも少し考えた。
結果的には杞憂に終わり、一安心だった。
今回の体調不良は、貧血感や
心肺機能の低下に加え、
暑さも重なったのだと思う。
ただ、倒れた時に感じていたのは
「辛い」というよりも、
「悲しい」という気持ちだった。
去年までは曲がりなりにも、
現役のフットサル選手としてプレーしながら、
本業のサッカーコーチをしていた。
身体にはそれなりに
気を遣ってきたつもりだった。
それが今では体力が落ち、見た目も変わり、
以前のようにプレーすることもできない。
フットサルの所属チームすら、
まだ決められていない。
仕事ができていることは唯一の救いだった。
だからこそ、その仕事の現場で
倒れてしまったことが何より悲しかった。
やりたいのに、身体がついてこない。
できると思っているのに、できない。
「やりたいことができない」ということは、
こんなにも悔しくて、悲しいものなのか。
予定していた治療はひとまず終わった。
だが、身体にはまだ大きな影響が残っている。
治療が終わったからといって、
以前の自分に戻ったわけではない。
むしろ、身体の回復はここから始まるのだと、
この日初めて突きつけられた気がした。
そして今回は、自分だけの問題ではなかった。
選手や先生にも心配をかけた。
周囲にも迷惑をかけてしまった。
私は病気が分かってからも、
ほとんど立ち止まらずに走ってきた。
入院中も指導をした。
退院翌日にはグラウンドへ戻った。
抗がん剤を受けた日にも部活へ向かった。
情熱なのか。
覚悟なのか。
単純に辞められないだけなのか。
自分でもよく分からない。
病気など気にせず突っ走ってきたが、
もしかするとずっとギリギリを
攻めていたのかもしれない。
それでも、サッカーコーチを辞めることは
きっとできない。
病気になる前から、
それくらいの覚悟でグラウンドに立ってきた。
でも今は、自分一人の身体ではないことも
分かっている。
家族がいる。
友人がいる。
恋人がいる。
そして、教え子とその家族がいる。
倒れるまで頑張ることが、本当に覚悟なのか。
無理をして命を削ることが、
本当に好きなことへ向き合うことなのか。
この経験をして、少し考え方が変わった。
命を無駄にするのではなく、
命をかけて生きたい。
長くグラウンドに立ち続けるために、
自分の身体とも向き合う。
休むべき時には休む。
その上で、できる時には全力でやる。
治療が終わったことは、ゴールではなかった。
ここから身体を取り戻し、
また思い切りサッカーとフットサルが
できるようになるまでが、
自分にとっての次の闘いなのだと思う。
まだ以前の自分には戻れていない。
それでも、少しずつ戻していけばいい。
また全力でピッチを走れるその日まで。
次回は、春以来に
合宿に参加したことについて書こうと思う。
【第23話】
8月16日(日)21:00公開
