郷愁に誘われてボクシングの聖地へ
20年来の腐れ縁で繋がっている悪友に誘われて、今日は仕事帰りに後楽園ホールへと久しぶりにボクシングの試合を観に行った。
へとへとになった体に鞭打って電車を乗り継ぎ、水道橋駅へと向かう。途中、電車の中でスマホを開いて対戦カードを見ては行くのを少し躊躇ったが、後楽園ホールの雰囲気を懐かしむために行くことにした。
僕が最後に後楽園ホールでボクシングの試合をしたのは5年前。引退してボクシングの聖地とは疎遠となり、再び行く機会もなくなって実に5年ぶりに『オレたちの遊び場』へと降り立った。
水道橋駅から後楽園ホールへと向かう道のり、建造物の銀柱に映る自分を見つけると、いつも試合当日は柱の奥にいる自分を睨みつけて気合いが入っているかを確かめていたことを思い出す。
現地に着くと、以前と変わらず老朽化した建物があった。落書きだらけのど汚い階段を昇って青いビルの5階に着くと、懐かしい独特の湿った匂いがした。勝手知ったると慣れた足取りで客席に座り、すでに始まっている試合を見た。
同一の入場曲でテンポよく進行する4回戦。緊張が伝わる選手の表情に感情移入する。白熱した試合も、観客の声援も、古びたリングマットも懐かしい。
いつも後楽園ホールに行くと自然と顔馴染みの姿を探していたのだが、この日も昔の癖で辺りを見回してみた。けれど知ってる顔はどこにもなかった。
客席にはイキった感じの若い兄ちゃん。その兄ちゃんが連れてるギャル。選手の知り合いらしく、内輪ネタ風の声援を飛ばす集団。パンフレットと睨めっこする初めて来たようなお客。熱心なボクシングファンの中高年。選手と同じジムに通っている育ちの悪そうなガキ。変わらない客層がそこにはあった。
ただ、パンフレットに載っている選手のプロフィールを見ると、生年月日の数字だけが変わっていた。2000年代生まれも半分くらいまで増えている。最年長でも1990年代だ。僕(1988年生まれ)と同じ1980年代は一人もいない! ……まあそりゃそうか。
知らず知らずのうちに、ボクシングは変わることなく受け継がれていた。一つの文化がいつもいつまでも同じ姿をして人々に愛されていても、受け継がれるということは当事者たちもいつかは置いていかれるということなのだ。
自分だけは変わらない気持ちでいた。青春は永遠のような気がしていた。しかしリング上で闘うのは名前も知らない若い選手ばかりで、自分がリング上で鎬を削ってきた好敵手たちも大半はすでにグローブを壁に吊るしている。
……なんだかとっても寂しい。
子どもの頃から見ていた芸能人が次々と亡くなったり、時代が移り変わっていることを嫌でも実感する機会が増えた。
いや、まだ、もう少し。まだ僕は闘いたいんだ。過去に縋っていようと、未来が明るくなかろうと、とにかく僕は今、燃えているぞ。
そんな郷愁と闘志が絡む複雑な気持ちになった後楽園ホールの夜、客席から書きました(笑)





お互いよく負けたけど、よく闘ってきたよな!
まだ始まっちゃいねえよ。やってやろうぜ!
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