ケインとアベル、エピローグ|兄と弟|K. Nakamura
ひとつ、
引っかかっていた事があった。
弟に、
僕の事を伝えたのは誰だったのか。
しばらくして、
一本の電話が入る。
専務だった。
「お久しぶりです」
「この度はありがとうございました」
僕は少し戸惑った。
「いや」
「僕は会社を二つにするきっかけを作っただけです」
専務は静かに笑った。
「それが出来なかったんですよ」
「内部の人間だけでは」
少し間が空く。
「実はですね」
「あなたに依頼してはどうかと、副社長に提案したのは私なんです」
その一言で理解した。
専務は、
社長室にも、
副社長室にも出入りできる。
唯一の人だった。
「社長室で先生の名刺を見つけたんです」
「取引先の社長さんから紹介された名刺でした」
「外から見る人が必要だ」
「そう思いました」
そこで全てが繋がった。
兄に紹介された僕を、
副社長へ伝えたのは専務だった。
高知での根回し。
あれも、
この人だった。
ゲンさんが帰った理由だけは違う。
あれは、
ただの二日酔いだ。
僕は聞いた。
「会社はどうですか?」
専務は明るく答えた。
「順調です」
「二つの工場とも稼働率が上がりました」
「旧工場は元の水準に戻りました」
「新工場は目標通りの稼働率です」
僕は少し安心した。
専務は続ける。
「実は私も新会社へ移ったんですよ」
意外だった。
「社長は反対しませんでしたか?」
専務は笑った。
「社長に話したら、こう言われました」
『そうだな』
『新会社は若いやつばかりだ』
『お目付け役や、ご意見番が必要だな』
『頼んだぞ』
専務は笑う。
僕も笑った。
あの社長なら、
そう言う。
弟を嫌っていた訳ではない。
若い社員を嫌っていた訳でもない。
守りたかった。
古い工員も。
会社も。
弟も。
守り方が違っただけだった。
僕は最後のメモを開く。
兄は兄だった。
弟も弟だった。
どちらも変わっていない。
二人とも有能だった。
どちらも会社に必要だった。
問題は、
椅子が一つしか無かった事だ。
社長の椅子。
それが一つだった。
一つの椅子には、
一人しか座れない。
だったら、
椅子を二つにする。
すると、
構造が整った。
僕は最後の一行を書く。
「一つの椅子には一人しか座れない」
「だったら椅子を二つにする」
それだけの話だ。
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