【居住の夢・都市の記憶】第8話・アスタナ新首都計画「メタボリズム」を続ける黒川紀章の描いた未来 文・今用雄二
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この記事は建築ジャーナル2017年8月号に掲載された
「【居住の夢・都市の記憶】第8話・アスタナ新首都計画「メタボリズム」を続ける黒川紀章の描いた未来」の再掲版になります。
年間テーマ「居住の夢」第2年は【居住の夢・都市の記憶】。ある時代背景のもとに生まれた住宅ならびに都市空間の特異な形や理想像を追っていく。 ◉中央アジアに位置するカザフスタン。そこに日本人がマスタープランを作成した都市があることをご存じだろうか? 国際博覧会(万博)が開催され(2017年6月10日9月10日)注目を集めているアスタナだ。故・黒川紀章による「アスタナ新首都計画」は、1998年にスタートし、氏の死後もアスタナ市の都市計画事務所の建築家たちに引き継がれ、2030年の完成を目指す。「メタボリズム」はここで今も続いている。 黒川紀章建築都市設計事務所の元所員であり、現在もカザフスタンに住む著者が見た成長する都市。
360度見渡す限りの地平線。朝日と夕日を毎日拝むことができる首都のアスタナ(カザフ語で首都、旧名アクモラ)。夏は+40℃、冬は-40℃と年較差が80℃もある厳しい気候環境は、そこで暮らす市民のみならず、われわれ建築家にとっても設計を行う際に大変厳しい条件である。そのアスタナは、カザフスタンのほぼ中央に位置し、鉄道・道路ともに交通の要衝である。地震などの自然災害の可能性が低く、人口増に耐え得る広大な土地があることをはじめとする32項目の理由により、首都移転先に選ばれた。面積は722km²、新潟県とほぼ同じ面積である。ちなみにカザフスタン共和国は世界で9番目に広大な国土面積をもち、人口は約1700万人。

首都にふさわしいまちを― 国際コンぺの開催
1998年、世界各国の建築家、都市計画家(チーム)50名に、ナザルバエフ大統領がダイレクトメールを送付し、首都計画の指名コンペが行われた。1991年のソビエト連邦国より独立後7年目のことである。
招待状を受けた故・黒川紀章氏(以下、黒川)は「うむ、カザフスタンかあ、ノマドの国だな、これは面白そうだな」と1989年にすでに自らの著書『ノマドの時代』を出版していることもあり、迷うことなくコンペに臨んだ。コンペ期間は4カ月間。夏休みを返上してスタッフと黒川はコンペ案を日夜つくり上げた。
1919年以来、72年ぶりに再び国土を取り戻したカザフ人が国の再建に挑んだのだ。そして1997年にそれまでの首都アルマティをアスタナに遷都。首都完成の目標は2030年。1991年の独立当時、ここは小麦中心の穀倉地帯に旧ソ連時代の建築物が点在する人口27万人程度の人々が住む田舎町。そのまっさらな大草原に100万人都市を築くプロジェクトが始まった。招待を受けた50名の建築家(チーム)の内、27名の建築家(チーム)が提案し、その優劣を競い合った。カザフスタンと歴史的・経済的つながりの強いドイツやロシア、アメリカが本命。しかしながら予想に反して、日本の建築家・黒川が、一次・二次審査、最終審査をトントン拍子で通過し、見事優勝。それは1998年10月6日で、黒川が他界するほぼ10年前の出来事である。
「メタボリズム」と「共生の思想」

さて、黒川のコンペ案のどこが大統領、都市計画家たちの心をつかんだのか? どこがほかの国の建築家(チーム)より優れていたのか? 勝利を手繰り寄せた鍵は「メタボリズム」というコンセプトだった。新陳代謝を繰り返す生命体のように、建築や都市も、無機的ではなく“有機的に成長する”ようにデザインされるべきだという、黒川ら日本の建築家が60年代から提唱してきた理念だ。アスタナは緑にあふれた都市。まちの中心を東西に流れるイシム川は人々の憩いの場となっている。こうした自然や景観を最大限生かし、規則正しい無機質な都市の発展ではなく、クラスター(かたまり)で開発していくというのが黒川氏のアイデアだった。
また、伝統と近代、ハイテクと自然エネルギーというように、二つの相反するものを共生させていくという黒川が生涯唱え続けた“共生の思想”もカザフ人の心に響いた。2000年、このデザイン案を実現すべく、カザフスタン政府は日本政府にマスタープランの作成を要請。それを受け、JICAによる「アスタナ新首都総合開発計画調査」が行われた。この調査では、黒川紀章建築都市設計事務所と日本工営 から、交通、住宅、電力、通信、ガス、水資源、上 下水道、廃棄物、防災、 緑化、景観など、総勢39人の専門家が現地入りし、あらゆる観点から都市環境と都市機能を分析。その結果をもとに、2010年、2020年、2030年のマスタープランを作成した。

2010年


(提供:黒川紀章建築都市設計事務所)
都市計画コンセプトは、旧ソ連のフルシチョフ時代に計画された、小麦集散基地としての都市アクモラ(人口約27万人)を歴史的都市として保全しつつ、その南側(イシム川左岸)に新都市をつくり、その双方を共生させる構想である。リニアな都心軸と、細胞型の住宅地のクラスターは、2010年、2020年、2030年と成長するメタボリックな都市として機能するよう計画された。イシム川の両岸を新しい住宅地として開発し、川(自然)と共生する都市をつくる。冬季、南西部より秒速平均7mの強風が吹くため、それを防ぐためにイシム川の南西部に人口森林をつくる。
既存都市の鉄道駅から南へ伸びる都心軸は、イシム川を越えて南へ延伸される。政府の建物、大統領官邸、大統領府、 国会議事堂などを配置するためのガバメントシティは、南側へ伸びる都心軸と直交する形で区域を形成する。

道路は既存都市の放射状のパターンを改良・接続するた め、都心環状、中央環状、外環状の各環状道路が計画され、「トリプルリングロード計画」と呼ばれた。公園計画は、これまでの近隣住区計画とは異なり、主として河川を中心にリニアなネットワークを形成するよう計画し、それが生態回廊(エココリドー) として種の多様性を保全し、人と自然(ほかの生物)の共生を可能とした。黒川が常々言っていたのは、5cmの幅でもいいので緑をつないで、小動物や微生物が生きられるようにすること。西洋の公園が、バラバラに配置されるのに対して、アスタナでの公園はそのような緑ですべてつなげる。また前述のトリプルリングロードの外側のリングロード添いには森をつくり、景観のためだけではなく、-40℃を下回る極寒の冬の冷たい強風からまちを守る防風林の役割を持たせた。この“エココリドー”が完成すると、アスタナ市の冬の気温は上昇して、その効果が証明されるだろう。

カザフで親しまれる “Kisho Kurokawa”

“21世紀の都市と何か?”と問い続けた黒川は、最終的なマスタープランにこだ わるのではなく、5年ごとに時代の状況を分析、検討して、柔軟にプランを修正していくマスターシステムを提案した。事実、2017年現在で、想定人口を超えているため、修正を加えながら進められている。本来ならば、2030年まで5年ごとにこの都市計画の変貌をテレビ放映する予定であったが、氏の他界により頓挫したのは残念だ。
“Kisho Kurokawa”の名前はカザフスタンでは知らない人はいないくらい有名だ。 カザフスタンには第2次大戦後の日本人捕虜が強制労働させられて建設した建物がいくつも残っている。そして名誉なことに、大地震が起きた際もこれらの建物が唯一崩れず残ったことで、日本人の建設技術の品質の高さと、勤勉さは高い評価を受けてきた。これに加えて、黒川が都市計画を成功させた功績で、さらに日本人の評価は高まったと言える。さらには、JICAのOBや地元の都市計画事務所の建築家たちからの自発的な提案で、“黒川紀章記念公園”をつくる動きがあり、市ではすでに2haの公園用地の選定済みである。



(提供:黒川紀章建築都市設計事務所、IMAYO CREATION)
それから首都マスタープラン作成に続いて、2005年3月にオープンしたアスタナ国際空港ターミナルビル(現・ヌルサルタンナザ ルバエフ空港、円借款事業)も黒川のデザインである。また、円借款によりアスタナ上下水道整備プロジェクトを実施し、アスタナ市の生活環境整備に貢献している。私はこの両プロジェクトの主任建築家として延10年間にわたりカザフスタンの公共事業に従事した。

(提供:IMAYO CREATION)

(提供:黒川紀章建築都市設計事務所、IMAYO CREATION)

(提供:IMAYO CREATION)
その後、ナザルバエフ大統領の発意によりナザルバエフ大統領大学の設立が決定され、2010年6月28日に開学式典が行われた。講義がすべて英語で行われるこの大学は、ユーラシア最先端の国際的教育研究機関を目指している。敷地面積は100haと広大。こちらも黒川紀章建設都市設計事務所とともに現地事務所として弊社(IMAYO CREATION)が参画して、メインキャンパスのマスタープラン作成と建築デザインの監修を行い、現在も建設が続く。マスタープランの完成後には、日本人である元世界銀行副総裁の勝茂夫氏が学長を務めている。さらに最近では、この大学と道路を挟んで対面する、50ha規模のサイエンスパークの工事が進行中だ。こちらも黒川事務所と弊社にてマスタープラン作成を行った。
このように黒川は、アスタナ都市計画の成功によりカザフスタン大統領をはじめ政府や幅広い分野の人々から多大な信頼を得て、2008年10月12日に黒川が亡くなった時には、テレビにて大統領が自ら追悼の意を述べ、カザフの国民とともに別れを惜しんだことは記憶に新しい。

(提供:黒川紀章建築都市設計事務所、IMAYO CREATION)

(提供:黒川紀章建築都市設計事務所、IMAYO CREATION)
主役はそこに住む人間
元サッカー選手の中田英寿氏は2007年にアスタナ市を訪問した際のことを「自分の30年の人生で一番に“未来都市”を感じさせてくれたのが、この首都アスタナ。空港から街へのアプロー チがまさに、昔のマンガで描かれたような21世紀を体現している感じだった」と表現した(『クーリエ・ジャポン』2007年12月号)。
私がアスタナで生活を始めた2000年には、イシム川の南側には何も建物はなく、反対側の旧市街地をレストランを探して、北へ北へと雪の中を歩いて行き、たどり着いたのは最北端にあるアスタナ駅だったことを思い出す。当時は商業施設などほとんどない、さびしいまちだった。
まだ高い樹木こそ少ないアスタナ、都市計画当初は「アスタナは樹木の北限なので木は育たないのだ、そんなところに首都なんかできるわけがない、きちがいだ」とまで机上論の学者などから批判を受けた。しかしながら、こうして今、年々木々が大きく育ち、きれいなまちができつつある姿を目の前にすると、やはり建築家は正しい思想と強い熱意を持って、仕事をすることが何よりも大切だということを教えられる。
一国の首都がほぼゼロの状態から、少しずつ建設されて行く様子を日常的に自分の目で見られたことは一市民としてたいへん貴重な経験であった。アスタナに住む人々、子どもたちや若者たちには、建築群やまちが毎日少しずつ出来ていく様子が希望の光のように映り、自分や家族の成長や将来の夢と重ねあわせて観ているのだろうと想像する。こうした光景を人生の途上で目にした人々とそれを経験しなかった人々とでは、都市の風景に対する想いに違いが出るだろうと思う。 冒頭に述べたように都市というものは生命体である。
都市を人体に例えれば、血液を流れる酸素や栄養分は市民である。その一人ひとりが、健康で、人間としての正しい智慧や知識を持ち、生き甲斐を持って生きるには?と考えることも、 都市計画を考えると同様に大切なことだと思う。
都市計画も大切だが、主役はそこに住む人間であるべきだ。そうであれば、とくに未来をつくり、引き継いでいく子どもたち、若者、またこれまでを支えてきた高齢者、皆が元気になるような建築をつくり出す都市づくりのシステムやルールを考だすことも、われわれ建築家に必要なことではないだろうか?
都市や建築が良かれ、悪かれ、その時代の政治、経済、文化、思想、人間のレベルを映し出す鏡と言われるように、その時代、時代の記憶を全て刻みながら、そこに住む人々とともに、生命体のように次の時代へと移行して成長していくのであろう。 カザフスタンがソ連から独立して26年、アスタナがアルマティから移転してから20年、まだまだ20歳の若い都市。
旧首都のアルマティで行われたテレビ撮影で、黒川は高木の緑で覆い尽くされた公園の木陰のベンチにちょこっと腰かけて、遠くを見ながら「100年後のアスタナはとてもきれいだろうなあ…。私たちは市民の舞台を設計したが、主役を演じるのはそこに住む市民一人ひとりである」とつぶやいた。そして、にっこり微笑んでいた師を今でも鮮明に思い出す。

アスタナ万博2017 現地からの報告
2017年6月10日~9月10日にかけて、アスタナで「未来のエネルギー」をテーマとした国際博覧会が実施されている。目的は「未来のエネルギー」に向けて、確実かつ持続可能なエネルギー政策やテクノロジーの開発の必要性について、産業界、企業、個人のレベルで共通の認識を持ってもらうこと。中央アジアでは初めての万博として話題となっている。石油や地下資源の豊富な国で、“未来のエネルギー”がテーマというのはまた面白い。全世界から115カ国 、18の国際機関が参加してパビリオンそれぞれにいろんな趣向が凝らされていて、国ごとにデザインが面白く勉強になる。なかでも日本館は、水素エネルギーに力を入れており、ひときわ注目を浴びている。映像のきれいなプレゼンもさることながら、カザフ語でしっかり解説しているところなどカザフへの敬意を感じる。さすが、日本人と遺伝子が一番近いとされるカザフ人への配慮であろうか? 他国はほとんどがロシア語のみの解説だ。
また、毎回、万博開催で最も問題となるのは跡地の利用方法だ。ところが今回は、跡地を金融特区として整備し金融機関が利用することが建設早々に決まった。一部は隣地のナザルバエフ大学が利用すること、巨大球形ガラス玉のカザフ館はそのまま科学館として残す。全てを壊さず利用することは、今回のテーマを遵守していて素晴らしい。また“もったいない”、“無駄をしない”、 “捨てない”ということをどの国も訴えていて、いい万博だと素直に感じた。そして、アメリカ館で最も感動した。“未来のエネルギー”をテーマにしてもやはり一人ひとりの人間、そして人間同士のつながりこそがエネルギーの根源だと結論付け、映像で美しく表現していた。それは今回の記事で私が述べた、“人が主役”とうれしくも同じであった。

惜しくも3位だったイソザキ・アオキアンドアソシエイツの案。
万博会場を大屋根で覆っている。現在のカザフスタンには、
よりシンボリックな建物形状が必要だったようだ。
(鳥瞰パース提供:同社)

(写真提供:著者)
筆者プロフィール
今用雄二(いまよう・ゆうじ)
1966年生まれ。1989年琉球大学工学部環境工学科卒業、2007 年黒川紀章建築都市設計事務所常務取締役を経て、IMAYO CREATION代表取締役社長。アスタナ国際空港の建設工事の主任建築家をきっかけにカザフスタンに赴任、移住。2007年7月7日に、アルマティ市とパブロダール市に設立したIMAYO CREATIONは創立10周年を迎えた。ユーラシアデザイナーズ協会正会員
