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1936年5月18日 阿部定事件|昭和社会が見てしまった愛と狂気

1936年5月18日

東京で
一つの事件
が起きた

阿部定事件
である

その名は
昭和史の中でも
特異な響きを持っている

愛人男性を
殺害した女
逃走する女
新聞に追われ
世間の好奇の目に
さらされた女

だが
この事件を
単なる猟奇事件
として片づけてしまうと
見落としてしまうものがある

本当に人々を
震わせたのは
事件そのもの
だけだったのか

それとも
その事件を
見つめ続けた
昭和社会の姿だったのか

事件は昭和の東京で起きた


1936年5月18日

東京の待合で
阿部定は
愛人の男性を殺害した

事件は
その異様さから
すぐに
世間の関心を集めた

新聞は大きく報じ
人々は続報を待った

どこへ逃げたのか
なぜそんなことをしたのか
どんな女だったのか

事件は
ただの犯罪報道
では終わらなかった

人々の視線が
一人の女に
集中していった

そして阿部定の名は
昭和の記憶に
深く刻まれることになる

人々はなぜ目をそらせなかったのか


阿部定事件が
人々を惹きつけた理由は
残酷さだけではない

そこには
当時の社会では
表に出しにくかった
ものがあった


執着
嫉妬

逃げ場のない関係
そして
人間の心の奥にある
見てはいけないもの
を見たいという欲望

昭和初期の社会で
性や愛欲は
公然と語りにくいものだった

しかし
語れないからこそ
人々はそこに惹きつけられた

阿部定事件は
社会の表面
に出せなかった感情を
無理やり明るみに
引きずり出した事件
でもあった

人々は恐れた
眉をひそめた
けれど
目をそらせなかった

そこに
この事件の怖さがある

新聞が事件を物語にした


阿部定事件
を大きくしたのは
新聞報道の力
でもあった

事件が起きた
犯人が逃げた
足取りが追われた
人物像が語られた

読者は
その続きを待った
それは
現実の犯罪でありながら
まるで連載小説のように
読まれていった

もちろん
事件には被害者がいる
そこを忘れてはならない

しかし
世間はいつの間にか
事件を一つの物語
として見始めていた

恐ろしい事件
であるにもかかわらず
人々はその続きを
知りたがった

新聞は事件を伝えた

だが同時に
事件を大きな社会現象へと
押し上げてもいった

阿部定事件は
報道によって広がり
世間の好奇心
によってさらに
膨らんでいったのである

阿部定は怪物だったのか


阿部定は罪を犯した
それは動かせない事実である

だから
彼女を
美化することはできない
愛の名で
罪が消えるわけではない
狂気という言葉で
被害者の存在を
薄めてよいわけでもない

だが
阿部定をただの怪物
として片づけるだけでは
この事件の
本質には届かない

世間は彼女を恐れた
同時に
見たがった
知りたがった
語りたがった

怪物として
遠ざけながら
その怪物を
新聞紙上で追い続けた

そこに

人間の矛盾がある

この事件を大きくしたのは
阿部定一人の行為
だけではなかった

彼女を見つめ続けた
社会の視線もまた
事件を
昭和史の中に
深く刻み込んだのである

昭和社会が見てしまったもの


阿部定事件
が今も語られるのは
事件の異様さだけが
理由ではない

昭和初期の都市
新聞報道の拡大
語られにくい性と愛欲
それでも覗き見たい大衆心理
犯罪を物語として
消費してしまう社会

それらが重なった時
阿部定事件は
単なる殺人事件を超えて
昭和社会そのものを映す
鏡になった

人々が見ていたのは
一人の女の狂気だけ
ではなかった

見てはいけないものを
見たい
知ってはいけないものを
知りたい
語ってはいけないものを
語りたい

そんな社会の欲望が
事件の背後に広がっていた

1936年5月18日

東京で起きた一つの事件は
昭和の日本を震わせた

だが本当に怖いのは
事件そのものだけ
だったのだろうか

阿部定事件とは
愛と狂気の事件である

同時に
それを見つめてしまった
社会の事件でもある

昭和社会は
見てはいけないものを
見てしまった

そしてその記憶は
今も歴史の暗がりに
残っている

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