【企画】最近、ちょっと考え方が変わった、と思っていた。
お題ありりん

「最近、ちょっと考え方が変わったこと」。
このお題を見て、最初に少し困った。
正直に言うと、「変わったこと」を探そうとした瞬間に、なんだか落ち着かなくなった。
(犬の耳が、ぴくりと立った。)
人は、自分が成長したと思える出来事を、つい選んでしまう。

選んだ時点で、その話はもう少しだけ都合よくなっている。
本当の変化は、そんなにきれいには並んでくれない。あとから振り返って「ああ、あのとき変わっていたんだな」と気づくほうが、ずっと多い。
だからこの文章は、「変わったこと」の話のようでいて、たぶん少し違う。

私には、昔からの癖がある。
医療の現場に、長くいた。
年齢を問わず、人の状態を観る仕事だった。
そこで身についたのは、たぶん「診断」よりも前の段階の癖だった。

目の前の人を、自分の見立てに合わせて見てはいけない。「重症だから」と先に決めてしまうと、目が曇る。
まず、目の前で起きていることをそのまま見る。見たい所見だけを拾わない。
むしろ、見たくない事実こそ残しておく。
見たくないものほど、あとで意味を持つことがあるからだ。
(犬の鼻先の動きが、止まった。嗅ぎ分けるのをやめて、ただ、そこに残す。)

都合の悪い数字も、うまく説明できない違和感も、消さずに置いておく。
これは、やさしさとか倫理の話じゃない。
もっと即物的な、測定精度の話だ。
見たいものだけを見ると、観測が歪む。歪んだ観測からは、正しい判断は出てこない。
ただ、それだけのこと。
長いあいだ、これは仕事の中だけの癖だと思っていた。

でも最近になって、気づいてしまった。
この癖、仕事を離れても、ずっと作動していた。
たとえば、人の文章を読むとき。
私は、スキの数やフォロワーの数から記事を読まない。先に目に入るのは、「なんだ、この人は」という違和感のほうだ。この言い回しは何だろう。
この揺れ方はどこから来ているんだろう。
数字は、その違和感を確かめるための二次変数として、あとから見る。
だから私は、売れている人から見始めない。たいてい「こいつ、ちょっと変だな」というところから入る。
文章だけじゃない。
AIとの長い対話でも、友人とのなんでもない会話でも、子どもと過ごす時間でも、気づくと同じことをしている。
結論を急がない。途中で畳まない。
揺れた瞬間も、戻ってしまった瞬間も、何も起きなかった時間も、消さずに置いておく。
(犬の身体が、一瞬だけ固まる。動かないことで、見ている。)
「この人はこういう人だ」と一枚の写真にまとめてしまわずに、時間の流れのまま残す。
念のため言っておくと、これは人を分析しているわけじゃない。誰かを診断したいわけでもない。ただ、私の目が勝手にそう動いてしまう、というだけの話だ。

そして、ここからが自分でも少し笑ってしまうところ。
そうやって「消さずに残したもの」が、どんどん溜まっていった。残すと、自然と整理したくなる。整理すると、「あ、この観点も要るな」と項目が増える。気づいたときには、ただのメモ帳のつもりだったものが、やたらと込み入った「観測の道具」になっていた。
最初から設計図を引いたわけじゃない。むしろ逆だ。必要になった列だけが増えた。必要になった項目だけが増えた。設計したものというより、堆積したものに近い。地層みたいに、観測した分だけ厚くなっていった。

ここまで書いて、ようやく腑に落ちた。
私は最近、考え方が変わったわけじゃなかった。
昔から、同じことをやっていた。
ICUでも、ホスピスでも、友人との会話でも、文章を読むときも、AIと話すときも。対象は全部違うのに、やっていることはいつも同じだった。
途中で畳むな。経過を残せ。見たいものだけ見るな。
変わったのは、私自身じゃない。昔からあった癖が、ずっとそこにあっただけだった。
だから、いつのまにか作っていたいくつかのものも、別々のプロジェクトじゃなかったんだと思う。全部、同じ一本の癖から伸びた枝だった。
最近、考え方が変わったこと。
そう思って書き始めた。
でも最後に残ったのは、変わったことじゃなかった。
昔から持っていた観測の癖が、仕事でも、創作でも、AIとの対話でも、ずっと同じ構造で動いていた。
最近ようやく変わったのは——その構造が、自分にも見えるようになったことだった。
(犬のしっぽが、一度だけ、ふっと揺れた。)
🐾 あとがき
この文章を書き終えて、一つだけ分かったことがある。
私は、考え方が変わったんじゃなかった。昔から続いていた観測の癖に、ようやく名前が付いただけだった。
その癖を誰でも扱える形にしようとしているうちに——気づけばNotionの中に、一つのOSができあがっていた。
「クリエイター状態偏移OS」。
記事を完成品ではなく、時間の中の一枚のフレームとして残す。揺れた瞬間も、戻った瞬間も、突破した瞬間も含めて、その人の変化を観測する道具だ。この文章も、その一枚になる。
このOSには一つだけこだわりがある。多くの分析は、スキやフォロワーという「結果」から人を見る。
私は逆に、まず変化を観測し、数字はそれを確かめる二次変数として扱う。だから最初に目がいくのは、売れている人ではない。「なんだ、この人は。」
——そんな違和感から始まる。
もちろん、一つの記事では説明しきれない。
次回は、その“癖”がどうやってOSになったのかを、専門用語を使わずに追いかける。
今日の話の続きが気になったら、ぜひ次回も。
(犬は、「変わったこと」を探すのをやめた。かわりに、「癖」の匂いを追いはじめた。そして、匂いの先に続きがあることを、もう知っている。)
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ふぇぇ...........
