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人といる時間と頭の中ですごす時間

頭の中で考え事をしていると、気づかないうちに時間が過ぎていく。言葉が次々と流れ、あっという間に何時間も経っている。でも振り返ってみると、その間に画期的なアイデアを思いついたわけでもなく、何か重要な気づきを言語化できたわけでもない。結局のところ、自分の中でぐるぐると同じような思考を巡らせているだけだ。投資対効果で見れば、1の力で0.1も生み出せていない時間。文字と想像力だけでは、どうしても限界がある。

一方で、人と過ごす時間には不思議な価値がある。誰かと会って話をしたり、出かけたりする時間は、それだけで意味深い体験になる。2人で過ごすことで4倍の価値が生まれ、100の体験が10000の思い出になったりする。不思議なことに、そんな時は頭の中にはさほど言葉は流れていない。それでも、確かな意味のある時間だと感じる。それは、異なる人生を歩んできた者同士が、その人にしか持ちえない視点や経験を交換し合っているからかもしれない。

互いの存在を認め合い、一緒にいることそのものに意味を見出す。楽しみを共有したい、安心を得たい、モヤモヤを吐き出したい、つながりを感じたい―そんな暗黙の了解のもとで、数えきれないほどの意味が生まれている。それは言葉では表現しきれない、人と人とが織りなす豊かな時間の価値だ。

しかし私は、そんな目に見えない価値をつい軽視してしまう。「なんとなく」や「ノリで」という言葉で片付けてしまい、人と会う機会を逃してしまう。実際に会えば必ず「やってよかった」と思うのに、なかなか重い腰が上がらない。代わりに、頭の中の世界に引きこもりがちだ。

結局のところ、頭の中での時間は現実逃避でしかない。誰かが言っていた―ストレスは、自分がやるべきことから目を背けているときに生まれるのだと。頭の中に逃げ込んで時間が過ぎるのを待っていても、現実の課題は解決しない。

もし頭の中で時間を過ごすのなら、小説を読むとか映画を見るとか、そういった方向に向かえばいい。そこには多様な視点があり、自分の知らない世界がある。それこそが意味のある「逃避」というものではないだろうか。

物を書くと何か前に進んだような気になれる。でも、すでに自分の中にあるものを言葉にしているだけでは、何も変わらない。現実と向き合い、必要なことに取り組む―そんなストイックな生き方こそが、本当は大切なのだ。

錯覚の資産に満足せず、まずは考える価値のあることを見極めよう。そして、その考えが新しい何かを生み出せそうなとき、初めて思考を巡らせればいい。それが、この30分の思考から得た結論だ。

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