見出し画像

喪失感からの脱出へ

空気を読み、他人が望む言葉を発して
面白くもない話題に相槌を打ち
人間関係を円滑に進める

昔はこんな奴が大嫌いだったけど
歳を重ね、知らず知らずのうちに
自分自身が、昔大嫌いだったはずの
円滑を重視する人間になってきている

円滑さは社会生活をする上では有益だけど
そこに重きを置き過ぎると
虚しさや疲れを感じてしまう
それが溜まっていくと心を喪失してしまう

この虚しさ、疲れ、喪失感は何なんだろう?

おそらく社会生活や他人との
人間関係に疲れてるのではなく
自分自身を偽って演じて生きてることに
虚しさや疲れを感じているのだと思う

円滑な人間関係を築くことは
決して悪いことではないけど
自分自身を無理に偽ってまで
円滑さを優先させると心が削られ
虚しさや疲れを感じてしまう

仮面を付けた自分自身に
虚しさや疲れを感じていることを
自覚してるいうちはまだいい

最も危険なのが仮面を付けた自分に
慣れてしまい、違和感を感じなくなることだ

もしも、そんな人間になってしまったら
自分の人生観からすると、死と同義だと言える
死にながら生きるような、人生は進みたくない



インターネットという便利な道具が発達して
意識や行為が、発信や情報に多く向いてしまう

便利さや快楽が簡単に手に入ることによって
人生にとって、本当に大切な事柄を見失ったり
自分自身と向き合うことが難しくなってしまう
そしてネットは多くの人生の時間を奪っていく

時間や意識の大半を外側に向けていては
たぶん本当の幸せは手に入らないと思う

もっと自分自身の心の奥底に
時間と意識を集中させて生きていたい

取るに足らない情報に流されず
大切な人生の時間と心の意識を
自分自身に向けて生きていたい
そんなことを強く思うようになってきている



世界は変えられない
他人は変えられない
過去は変えられない

決して諦めやネガティブな意味ではなく
自分自身の心の中を柔軟に変化させながら

もっと自分自身と向き合って
世界の見え方を変えたい

もっと自分自身と向き合って
他人の価値観に寛容になりたい

もっと自分自身と向き合って
未来に希望を持って生きたい

そんな生き方に憧れを感じています



見知らぬ土地の、大自然の中で
1人で自分自身と向き合ってみたら
一体、どう感じるのだろう?

社会の歯車から抜け出して
日常や他人やネットから距離を置いてみたら
一体、どう感じるのだろう?

本当の豊かさや幸せは
自然の中にあるのかもしれない
本当の豊かさや幸せは
自分の中にあるのかもしれない

ボランティアをするようになって
自分の価値観が大きく変わりつつある
そんな事を思っていたら、ある直感が芽生えた


”モンゴルへ行こう“


なぜモンゴルなのか?
深い意味も理由もない
なぜモンゴルなのか?
ただの思いつきの直感だ

言葉の通じない未知の海外で
大自然の中で、独りになれる場所
モンゴルには強い期待と希望を感じてしまった

日常生活を一旦ストップさせて
大自然の中へ自分自身という人間を
放り込んでみたら、どうなるだろう?

どんなことを思い、どう感じるのだろう?
そんな実験的なモンゴルの一人旅をしてきます

自然と孤独を噛み締めながら
新しい環境や価値観に触れて
贅沢な孤独な時間を堪能できればと思ってます

不便さや痛みを伴いながら
素敵な縁に恵まれたら最高です
そして満点の星空が見られたら最高です
今週の水曜日から5日間行ってきます


それではまたCiao!


【後記】

「何でモンゴルなの?」
職場の人に散々聞かれた
『疲れと虚しさと喪失感を感じているので…』
そう答えると変な感じになりそうだったので
『チンギス・ハーンが好きなんです!』
そんな嘘をつきまくってやりました

いいなと思ったら応援しよう!