TikTokでバズって売れた音楽アーティストは、全員当たるまでやめなかった人。
TikTokの話になると、だいたいこの筋書きで語られます。無名の子がスマホ1台で弾き語りを上げたら火がついて、事務所から連絡が来て、気づいたら紅白に出ていた、みたいなサクセスストーリー。
わたしもそう思っていました。でも前回の記事を書いていて気づいたんですが、どうもそう簡単じゃないらしいと。
だから、この3年で名前が広まった8組のアーティストは、火がつく前に何をしていたのか。それを1組ずつ調べたんです。デビュー日、最初の投稿日、それ以前の所属、過去に出した曲。
結果、素人は一人もいませんでした。
いちばん短い人でも、火がつくまでに1年半の助走がありました。長い人は10年です。しかも何人かは、バズる前にすでにメジャーデビューまで済ませてる。
先に書いておくと、仕込みだったという話ではありません。8組とも、火がついた瞬間は本人にも事務所にもタイミングは読めていません。ただ、火がついたときに立っていた場所が、全員素人ではなかったという話です。
🎙️この記事はSpotifyやApple podcastでも聴きます。合わせてどうぞ。
imaseはバズる8ヶ月前にデビュー

「NIGHT DANCER」がTikTokで広がったのは2022年の夏です。そして翌2023年2月には、韓国のMelonでJ-POPとして初めて総合チャートのTOP100に入りました。のちに最高17位まで上がっています。日本の曲が海外で聴かれる流れを、いちばん象徴的に作った1曲だと思っています。
このとき、imaseさんはすでにメジャーデビューしていました。
デビュー曲「Have a nice day」の配信リリースは2021年12月19日です。「NIGHT DANCER」がリリースされたのは2022年8月19日なので、ちょうど8ヶ月前になります。つまり「バズって事務所に入った」ではなく、「メジャーデビューして8ヶ月後に当たった」なんですよね。順番が、違います。
ここでいうメジャーデビューは、配信シングル1曲です。
さらにさかのぼると、ギターを手にしたのが2020年11月ごろ、DTMを始めたのが2021年1月ごろ。TikTokに初めてオリジナル曲を投稿したのは2021年5月です。そのときのキャプションが、「音楽経験0の素人がオリジナル曲作ってみた(dtm歴4ヶ月)」でした。
@imase119 音楽経験0の素人がオリジナル曲作ってみた(dtm歴4ヶ月) #オリジナル曲#作詞作曲 #おすすめ乗りたい
♬ n1ght - いませ
このキャプションが、たぶん誤解の始まりです。本人は事実を書いているだけなんですけど、これを見た人は「素人が一発で当てた」と受け取ります。
実際には、初投稿から「NIGHT DANCER」のリリースまで1年3ヶ月あります。ギターを手にした2020年11月から数えると、TikTokで「NIGHT DANCER」が広まるまで1年6ヶ月です。この記事では、後者を助走と呼びます。
AKASAKIは、4本目で当たっている
AKASAKIさんも同じ構造でした。

ギターを始めたのが2022年、16歳のとき。TikTokに初投稿したのが2023年9月で、「曲名ください」というキャプションをつけたオリジナルの弾き語りでした。
そこからシングルを出していきます。2024年4月に1stの「弾きこもり」、7月に2ndの「波まかせ」、同じ7月に3rdの「夏実」。この「夏実」が先に少し伸びました。そして同じ7月に、4曲目となる「Bunny Girl」のサビをTikTokに投稿しています。曲としてのリリースは、3ヶ月後の10月2日でした。
当たったのは、4曲目でした。
「Bunny Girl」のリリースは2024年10月2日、ストリーミング累計1億回突破の発表が2025年2月5日です。Billboard JAPANの総合ソング・チャート「Hot 100」には10月9日付で40位で初登場しています。初投稿から数えると、当たるまでに10ヶ月。
ギターを始めた日から数えると、2年かかっています。
3本目で少し伸びて、4曲目で当たった。そういう順番です。でもわたしが見ているのは弾数のほうで、3曲出せる体制を先につくったから4曲目が撃てた、と読むほうが実務に近い気がするんですよね。曲を出すには録って、ミックスして、配信登録して、ジャケットを作らないといけません。それを4回まわせる状態にあったこと自体が、助走です。

同じ形は、友成空さんにもあります。2021年3月31日、高校生活最後の日に5曲入りの音源『18』でデビューしていて、2022年11月にはBiSHの「I」を作詞作曲で提供しています。「鬼ノ宴」のデモをTikTokに投稿したのが2023年11月で、その翌月にはエイベックスのcutting edgeから「改札」を配信。
デビューから数えて、2年8ヶ月目の火でした。
楽音は6年

いま日本と韓国でいちばん再生されている「mosi mosi?」の楽音(ささね)さんも、初めて表に出た人ではありません。
2020年からモデルとして活動していて、TikTokでカバー投稿を始めたのが2025年3月。約1年でフォロワーが50万人を超えました。そのうえで、2026年4月22日に初のオリジナル曲を出しています。
モデル活動の開始から数えると、6年が経っていました。
素人の1曲目ではありません。しかもこの曲は本人の宅録ではなく、向田民子さんという作家がプロデュースしています。向田さんの言葉では「単なる楽曲提供ではなく、楽音というアーティストの楽曲プロデュースをさせていただいた形」だそうです。
50万フォロワーという土台と、プロの作家。この2つが揃った状態で撃った1曲目が、初週でTikTok総再生4億回でした。4億!!!!!!
tuki.は13歳から

たぶん、この8組でいちばん「シンデレラ」に近いのがtuki.さんです。中学3年生の弾き語りが、Billboard JAPANのHot 100で1位まで行ったので。
でも、TikTokに弾き語り動画を投稿し始めたのは13歳からでした。約1年半でフォロワーが50万人を超えていて、いちばん伸びた動画は1,860万回再生です。
「晩餐歌」を投稿したのは2023年7月で、13歳から数えて2年目です。50万人にいつ届いたかまでは公表されていませんが、少なくとも「晩餐歌」が最初の1本ではありませんでした。オリジナルを出すより先に、聴く人のほうが積み上がっていた人です。
1年半以上、弾き語りを上げ続けた人が、その先で自分のオリジナルを出した。そう書くと、ぜんぜんシンデレラの話じゃないんですよね。

起点の取り方は人によって違うので、棒の長さそのものを比べる図ではありません。見てほしいのは、どこを起点にしてもゼロから始まっている人が一人もいないことのほうです。
ここまで並べてくると、8組に共通しているものが1つあります。全員、火がつく前に何かを1周終えている、ということです。才能はもともと8組とも一流です。そこに新しく加わったのが、その1周ぶんの時間でした。
モナキのセカンドチャンス
いちばんはっきり出ているのがモナキです。

純烈のリーダー・酒井一圭さんがプロデュースした「セカンドチャンスオーディション」から生まれた4人組で、開催は2023年10月。名前のとおり、一度どこかで順番が来なかった人が、もう一度立つ場所をつくるための企画です。メンバーの平均年齢は33歳でした。
@monaki__official anan 2496号に 掲載していただいております!🖤 ぜひチェックよろしくお願いします✨✨ #モナキ #ほんまやでなんでやねんしらんけど
♬ ほんまやで☆なんでやねん☆しらんけど - モナキ
デビュー曲のサビをTikTokに先行配信したのが2026年2月。メジャーデビューが4月8日。そして6月30日、TikTok上半期トレンド大賞2026で大賞を受賞しています。受賞理由に「デビュー前にして7億回再生を突破」と書かれていました。
ここで面白いのが、このバズがメンバーもスタッフも全員想定外だったと本人たちが言っていることなんですよね。
狙って当てたわけではない。偶然です。
でも、当たったあとが速かった。デビュー当日のイベントに約2,500人を集めて、8月にはZeppを3本押さえています。デビューから4ヶ月です。
平均33歳の4人が、なぜ4ヶ月でZeppを3本回せるのか。そこに至るまで、それぞれの場所で長く場数を踏んできた人たちだからだと思います。ステージの立ち方も、カメラの前での間の取り方も、イベントの動かし方も、もう体に入っている。
火がついた瞬間に、組み立てるほうが誰も慌てなかった。
M!LKの10年3ヶ月
同じことが、グループの側にもあります。

M!LKは2014年11月24日に結成されて、「イイじゃん」の先行配信が2025年2月17日。10年3ヶ月です。この間に2023年10月22日には横浜アリーナで1万2,000人の単独公演をやっています。バズる前から、アリーナに立てるグループでした。

ME:Iは『PRODUCE 101 JAPAN THE GIRLS』から生まれた11人組ですが、番組シリーズ最多の1万4千人を勝ち抜いています。応募して選ばれなかった人が1万3千人以上います。この記事の後半で出てくる「順番が来なかった人」は、たとえばこの1万3千人のことです。番組がやっていたのは、要するに助走の圧縮でした。1万4千人ぶんの選抜と、最終回までの数ヶ月ぶんの露出を、まとめて11人に集めています。
こうして8組の助走を並べると、いちばん短い部類のimaseさんでも1年6ヶ月ありました。起点はそれぞれ違います。楽器を持った日、最初に投稿した日、デビューした日、オーディションを受けた日。
でも、どこを起点に取っても、ゼロから当たった人が一人もいないという結論は動きませんでした。
TikTokはダッシュキノコ
ここまでを一言にすると、こうなります。
TikTokは、まだ何もしていない才能を見つけているんじゃないんですよね。
もうずっとがんばって走っていた人に、どんどんブーストしている。増幅しているんです。
昔の音楽業界には、順番待ちの列がありました。デモテープを送って、オーディションを受けて、事務所に入って、対バンを重ねて、動員が増えたらレーベルがついて、やっとシングルが出る。この列は長くて、しかも列に並べる人数自体が限られていました。
TikTokが壊したのは、この列の「順番」のほうです。列そのものは消えていません。
imaseさんはメジャーデビューという列に並んでいました。
AKASAKIさんはシングルを4本出す列に、
モナキの4人は33歳まで、同じように並んでいます。
列から降りた人はいても、走るのをやめた人は一人もいない。ただ、並んでいる途中でいきなりスピードが超でるようになったんです。
だから「TikTokでバズれば人生が変わる」は、半分だけ正しいんですよね。半分です。たしかに間口は開いています。でも、そのダッシュキノコを手にいれるには、そもそも走り続けていないと取れないってことです。
停まっている人は、ダッシュできませんから。
わたしがこの8組を調べていていちばん納得したのは、当たった瞬間の速さが、全部その人の助走の長さに対応していたことでした。
モナキが4ヶ月でZeppを3本押さえられたのも、そうです。M!LKがバズを16万人規模のツアーの発表まで持っていけたのも、tuki.さんが初めての有観客ライブでいきなり武道館に立てたのも、助走、つまりそのダッシュの前に積み上げてきたものが、それぞれ違う形で効いています。
ここまでの話は、聴く側から見るとこうなります。いま推している人が「急に出てきた」ように見えても、たぶん急ではありません。あなたが見つけるより前にその人は何年も積み上げ続けていて、たまたまおすすめに届いたのが1本目だっただけです。
推しのアカウントを、いちばん古い投稿まで遡ってみてください。だいたい助走が見えます。いまとぜんぜん違う顔をしていることが多いので、そこはけっこう面白いですよ。
プロデューサー目線
事業として才能を探す立場から見ると、ここは考え方が変わるところだと思っています。
これまで「発掘」といえば、まだ誰にも見つかっていない人を先に見つけることでした。それが価値だった。でもいまは、見つける工程をTikTokがやってくれます。しかも、こちらが探すより速くて、母数も比べものになりません。
だとすると、次に会いに行くべきなのは「一度うまくいかなかった人」のほうです。すでに技術があって、場数もあって、でも順番が来ないままになっている人。この人たちは、こちらから探しに行かないと出てきません。
理由は人それぞれで、続けられない事情があった人も、いまは別の仕事をしている人もいます。少なくとも、TikTokを眺めているだけでは出会えない層です。
酒井一圭さんの「セカンドチャンスオーディション」がやったのは、まさにそこでした。あの企画がなければ、平均年齢33歳の4人がTikTokの大賞を取ることはなかったはずです。
火は偶然でしたが、火がつく場所に4人を連れてきたのは偶然じゃない。
日本のエンタメには、この層がかなり厚く眠っていると思います。アイドルを一度やめた人、バンドを解散した人、養成所を出たあと表に出られなかった人。ここに、もう一度撃つ機会と、撃つための曲と、当たったときに受け止める場所を用意できるかどうか。ここから先の10年は、そこで差がつくんじゃないかなと見ています。
それでは。
朝日けけ。
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