【第10号】エレベーター内における「階数表示凝視行動」の社会心理学的分析虚構経済研究所 密閉空間行動部門 閉戸 昇(とじと・のぼる)主任研究員
要旨
本研究は、エレベーターに乗った人間が、目的階に着くまでの間、階数表示ランプを不自然なほど熱心に見つめる現象を扱う。観察調査の結果、乗客の79.2%が乗車中に少なくとも一度は階数表示を凝視しており、その凝視が「階数を確認する」という実用的目的をはるかに超えた時間、継続されることが明らかになった。本研究は、この行動を「視線の逃避先としての階数表示」と解釈し、密閉空間における他者との視線衝突回避の一形態として位置づける。
キーワード:エレベーター、視線行動、パーソナルスペース、密閉空間、社会的回避
1. 序論
エレベーターは、見知らぬ他者と極端に近い距離で、逃げ場のない密閉空間を短時間共有するという、日常生活では稀有な状況を生み出す。この状況で人々が示す行動——沈黙、直立、そして階数表示への凝視——は、経験的にはよく知られているが、その心理的機能について体系的に分析した研究は乏しい。とりわけ「なぜ人は、すでに知っている目的階を、何度も表示ランプで確認するのか」という問いは、実用性の観点からは説明がつかない。
2. 仮説
H1:階数表示の凝視時間は、実際に階数を確認するために必要な時間を大幅に超過する
H2:凝視行動は、同乗者の人数が増えるほど顕著になる
H3:凝視の主目的は階数確認ではなく、「視線を向ける正当な対象の確保」である
3. 調査結果(架空)
被験者の乗車中の視線を観察し、その滞留先を分類した:

「同乗者と目が合う」はわずか2.2%。人々は視線衝突を回避するために、あらゆる無害な対象へ視線を分散させている。階数表示は、その最も正当性の高い逃避先として機能している。
4. 考察
階数表示凝視の本質は、情報取得ではなく「視線の社会的アリバイ作り」にある。密閉空間で他者と視線が合うことは、暗黙の社会的接触を意味し、多くの人にとって軽度の緊張を伴う。そこで人は、「私は階数を確認しているのであって、あなたを避けているのではない」という体裁を保てる対象を必要とする。階数表示は、①見上げるという自然な動作を伴い、②実用的な口実が成立し、③誰も傷つけない、という三条件を満たす理想的な視線の避難所である。
H2に関して、同乗者が1人のときより3人以上のときのほうが凝視率は有意に上昇した。これは、視線衝突のリスクが同乗者数に比例して高まるため、より強固なアリバイが必要になることを示唆している。
5. 結論
「階数表示凝視」は、密閉空間における視線衝突回避のための社会的儀式である。人はエレベーターの中で、行き先ではなく「目のやり場」を探している。今後は、エスカレーターやバスの吊り革付近など、他の近接空間における視線回避行動との比較が期待される。
参考文献
[1] 閉戸昇 (2021)「近接空間における視線の社会的機能」虚構空間行動論集, 10(1), 33-49.
[2] 目逸研究会 編 (2020)『目のやり場の人類学:密閉空間の視線力学』架空書房.
