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櫻坂46は何を信じたから国立競技場の舞台に立てたのか

国立競技場に立つ櫻坂46から感じたこと

2026年4月11日(土)・12日(日)、櫻坂46は「5th YEAR ANNIVERSARY LIVE」を国立競技場で行った。私はその2日目の公演に参加した。

7万人のファンと共に過ごした時間は、本当に特別な時間だった。圧巻のパフォーマンス、会場全体を包み込む熱気、そして何よりメンバーたちの表情。その一つひとつから、このグループが積み重ねてきた時間の重みを感じた。

ライブ終盤、森田ひかるが口にした、「初めて再生を選んでよかったなって思いました」という言葉が強く印象に残っている。ファンの心を強く動かす言葉だった。

「一度壊してしまって作り直していってもよかったと思うこともあったのですが、今日この景色を見た時に、初めて再生を選んでよかったなって思いました」

MANTAN WEB「櫻坂46:初の国立ライブで14万人熱狂 森田ひかるが涙
「“再生”を選んでよかった」6年目へサプライズ発表も続々」(2026年4月13日)

その瞬間、私は改めて考えていた。櫻坂46はなぜここまで来ることができたのだろうか。

欅坂46から櫻坂46への改名発表当時、多くのファンは不安を抱えていたと思う。これから先、このグループはどこへ向かうのか。再び立ち上がることができるのか。そんな空気があったのではないかと思う。

勿論、改名後の道のりも決して順風満帆ではなかった。しかし、彼女たちは国立競技場でのライブを成功させた。改名を余儀なくされたグループが、新たな物語を紡ぎながら多くの人を惹き付ける存在になったということだ。「再生」を選んだグループが、その選択を正しかったと思える場所まで辿り着いた。

では、その再生はどのようにして実現したのだろうか。櫻坂46は何を信じたから復活できたのだろうか。今回は、改名から国立競技場に至るまでの歩みを振り返りながら、その要因について考えてみたい。

櫻坂46はなぜ国立競技場の舞台に立てたのか

櫻坂46が国立競技場の舞台に立てた理由を私は5つの要素で捉えている。より正確に言うと、4つの要素を支える根底に、「変化し続ける姿勢」を持っていたことが櫻坂46が成功し続けている理由だと考えている。

①グループコンセプトの再定義
櫻坂46は、欅坂46を完全に否定したわけでもなければ、全く別のグループになろうとしたわけでもない。過去を受け止めながら、新しい物語へと更新する道を選んだ。

②コンセプトを支える1期生の存在
欅坂46結成当初から活動していた1期生、特にキャプテンを務めた菅井友香の存在は大きかった。欅坂46を知るメンバーたちが過去に縛られることなく、櫻坂46で前面に出過ぎることもなく、櫻坂46を支える側として屋台骨をつくったことはグループの再生に欠かせなかった。

③「どこまで登れるか」を体現するメンバーたちの姿勢
四期生ドキュメンタリーの中で、櫻坂46の振付師を務めるTAKAHIROさんは「僕たちが素敵だなって思うのは、どこまで登れるかの人」という言葉を発している。他人と比較するのではなく、自分自身がどこまで成長できるか。どこまで自分の限界に挑戦できるか。その価値観をメンバー一人ひとりが体現し続けた。そして、その挑戦のために櫻坂46はパフォーマンスを中心に据えた。

④Buddiesとの関係性
櫻坂46はファンのことをBuddiesと呼称する。ファンを共に歩む仲間として位置付けた。改名後の苦しい時期から国立競技場に至るまで、その物語はメンバーだけでなくファンと共につくられてきた。

⑤変化し続ける姿勢、変化を恐れない価値観
①〜④の要素全ての根底にある要素は、変化し続けることを恐れなかったことだ。櫻坂46は「ここが完成形だ」「ここがゴールだ」という答えを持たない。楽曲が変わるたびに、新しい表現に挑戦する。ツアーのたびに、新しい景色を見せてくれる。そしてメンバーたちも、昨日の自分を超えようとし続ける。だからこそ櫻坂46は、改名によって生まれ変わったグループではなく、今もなお変わり続けているグループなのだと思う。

では、その変化はどのようにして生まれたのだろうか。櫻坂46は何を残し、何を変えたのか。まずは、そのグループコンセプトから振り返ってみたい。

櫻坂46としてのグループコンセプト

櫻坂46の再生を語る上で、まず考えなければならないのがグループコンセプトだ。欅坂46から櫻坂46への変化は単なる改名ではなかった。再生という道を選ぶにあたって、自分たちが何者であるかをもう一度問い直したのだと思う。

私は、櫻坂46の成功は「欅坂46を否定しなかったこと」にあると思っている。欅坂46は間違いなく唯一無二のグループだった。社会への違和感や反骨精神を歌った楽曲群。圧倒的な表現力。人々の感情を大きく揺さぶるパフォーマンス。多くのファンが熱狂した理由はそこにあった。

一方で、その強烈な世界観はグループ自身を縛る側面も持っていた。だからこそ櫻坂46は、欅坂46をそのまま再現する道を選ばなかった。しかし、だからといって欅坂46をなかったことにもしなかった。ここが重要だったと思う。

櫻坂46はグループカラーに白を据えた。欅坂46時代には『真っ白なものは汚したくなる』というアルバムを発売している。文字面だけを見れば真逆のことを打ち出している。

私は、この白という色に櫻坂46の価値観が象徴されていると思う。まだ何色にも染まっていないこと。何者でもないこと。そして、何者にでもなれること。私はそのようなメッセージを受け取った。櫻坂46は、欅坂46が持っていた表現へのこだわりやストイックさは受け継ぎながらも、その先にある未来へと視線を向けた。私はこの選択こそが大きかったと思う。

再生やリブランディングを図るグループは往々にして二つの失敗をする。過去を切り捨てるか。過去に縛られるか。しかし、櫻坂46はそのどちらも選ばなかった。過去を受け入れながら、その意味を更新していった。

だからこそ、ファンは欅坂46との繋がりを感じながらも、新しい櫻坂46の物語を受け入れることができたのだろう。櫻坂46は欅坂46を否定することで生まれ変わったのではない。過去を受け入れた上で、その意味を更新したのである。

屋台骨となった一期生、そしてキャプテン菅井友香の存在

どれだけ優れたコンセプトを掲げたとしても、それだけで組織は変わらない。それを体現し、支える人が必要になる。櫻坂46にとって、その役割を果たしたのが一期生だった。特にキャプテンを務めた菅井友香の存在は大きい。

改名当時を振り返ると、最も苦しかったのは一期生だったのではないかと思う。彼女たちは欅坂46をゼロから作り上げてきた。成功も失敗も経験してきた。ファン以上に、欅坂46というグループへの思い入れがあったはずだ。過去に執着してもおかしくなかった。

しかし、一期生が選んだのは、欅坂46の再現ではなかった。櫻坂46という新しいグループを支えることだった。

改名後のシングルでセンターを務めたのは二期生の森田ひかるだった。グループの顔として新たな時代をつくる役割を託されたのは二期生だったのである。その新センターを支える屋台骨として一期生が大きな役割を果たした。

もし仮に一期生が前面に出過ぎていたら、櫻坂46は「新しいグループ」ではなく、「欅坂46の続編」として見られていたかもしれない。

しかし、実際にはそうならなかった。一期生は新しい世代が輝くための土台になった。自分たちが主役であり続けることよりも、グループが前へ進むことを優先した。

組織の再生というと、強力なリーダーやカリスマに注目が集まりがちである。しかし、櫻坂46の再生は違った。新しい主役を生み出し、その主役が輝ける環境を整える人たちがいた。それが一期生であり、中でもキャプテンである菅井友香の存在だった。

櫻坂46の再生に必要だったのは英雄ではなかった。新しい時代を支える屋台骨だったのである。キャプテンである菅井友香は、特定の英雄をつくることなく、誰もがそれぞれ輝ける場を守り続けた。その営みこそが櫻坂46の再生を支えたのだと思う。

櫻坂46は「どこまで登れるかの人」

四期生ドキュメンタリーの中で、振付師であるTAKAHIROさんが語った「僕たちが素敵だなって思うのは、どこまで登れるかの人」という言葉が印象的だ。私は、この言葉こそが櫻坂46というグループの本質を表していると思う。

世の中には二種類の競争がある。誰かに勝つための競争と、自分を超えるための競争だ。アイドルグループも例外ではない。人気順争い。センター争い。選抜争い。アイドルという世界には常に比較が存在する。

しかし、櫻坂46が大切にしてきたのは、そうした競争ではなかった。自分自身がどこまで成長できるのか。どこまで高みに辿り着けるのか。昨日の自分を超えられるのか。その問いと向き合い続けているグループだと思う。

櫻坂46は、パフォーマンスをグループの中心に据えている。勿論、メンバーそれぞれはモデルや俳優、タレントとしても活躍している。しかし、グループとして見たとき、櫻坂46が最も価値を置いているのはライブであり、パフォーマンスである。そのパフォーマンスを通じて、いかに新しい自分を表現できるか、昨日までとは違う自分でいられるのかを体現している。

ライブを観ているとそのことがよく分かる。誰か一人の個性が際立つだけでは成立しない。全員が自分を高め続けなければ成立しない。高い壁や困難があったとき、悩み、葛藤し、それでも前に進もうとする姿が櫻坂46の魅力になっている。

私は櫻坂46の強さとは、才能ではなく成長を信じていることだと思う。完成された人間ではなく、成長し続ける人間を評価する。「どこまで登れるかの人」という言葉がグループ全体に浸透しているのだろう。他人に勝つことではなく、自分を超えること。櫻坂46はその価値観を体現し続けている。

ファンであるBuddiesとの歩み

櫻坂46の再生は、メンバーだけで成し遂げられたものではない。そこには常にファンの存在があった。櫻坂46のファンは「Buddies」と呼ばれる。「仲間」を意味する言葉だ。私はこの名称に、欅坂46とは違う櫻坂46というグループの考え方がよく表れていると思う。

TAKAHIROさんは、欅坂46・櫻坂46どちらのグループも「リアリティ」を追及していると語っている。悩み、苦しみ、もがいている人に対して、「傷付くことで歩き方を覚える」「自分の中で世界を深める」と説くのが欅坂46、「人と触れ合って前に進んでみる」と説くのが櫻坂46と言っている(2022年8月26日(金)のTOKYO SPEAKEASYでの発言を一部表現を変えて引用)。

櫻坂46は、メンバーだけで成長を目指すのではなく、ファンであるBuddiesと共に前に進むことを宣言している。

改名直後の櫻坂46は決して順風満帆だったとは言えない。欅坂46時代のファンが離れたこともあっただろう。改名そのものに戸惑いを感じた人もいたはずだ。それでもBuddiesはグループと共に歩み続けた。一つひとつの歴史を一緒に積み重ねてきた。

櫻坂46は完成された物語ではない。完成された物語をただ届けることはしない。常に変化の途中にある物語である。Buddiesと共に作り上げていく物語である。

次はどんな景色を見せてくれるのだろう。次はどんな成長を遂げるのだろう。そんな期待を抱きながら共に歩いている。互いに手を取り合いながら前へ進んでいく。

私がBuddiesという存在を見ていて面白いと思うのは、彼らが応援しているのが成功そのものではないことだ。

国立競技場に立ったから応援しているわけではない。人気があるから応援しているわけでもない。むしろ、その逆なのではないかと思う。櫻坂46が次にどんな変化を見せるのか。どんな挑戦をするのか。どこまで成長するのか。その過程そのものに魅力を感じている。

また、森田ひかるの発した「再生を選んでよかった」という言葉は、Buddiesにも当てはまる言葉だと感じた。なぜなら、再生を選んだのはメンバーだけではなかったからだ。改名後も応援を続けたBuddiesもまた再生を選んだ人たちだった。

不安も戸惑いもある中で、それでも櫻坂46という新しい物語を信じた。だから国立競技場で涙を流したのは、メンバーだけではなかった。あの日の景色は、Buddiesにとってもまた、自分たちの選択が報われた瞬間だったのだと思う。

Buddiesという言葉は単なるファンネームではない。櫻坂46という物語を共につくる仲間を意味しているのである。

櫻坂46は変化を続けている、そしてまだその途上である

ここまで、櫻坂46が国立競技場の舞台に立つことができた要因について考えてきた。

欅坂46の過去を否定せず、その意味を更新したこと。一期生、特にキャプテン菅井友香が新しい世代を支える屋台骨になったこと。「どこまで登れるか」という価値観のもと、メンバー一人ひとりが自らを高め続けたこと。そして、Buddiesと共に新しい物語をつくり続けたこと。

そのどれもが欠かせない要素だったと思う。しかし、改めて考えてみると、それら全てを支えているのは一つの要素のように感じる。

それは、櫻坂46のメンバーとそこに関わる全ての人が「まだ変われる」という可能性を信じ続けたことだ。櫻坂46は完成された理想像を持つグループではない。「これが櫻坂46だ」「ここがゴールだ」という正解を提示するグループでもない。

楽曲が変わるたびに新しい表現に挑戦する。ツアーのたびに新しい景色を見せてくれる。メンバーは昨日の自分を超えようとし続ける。だから櫻坂46は、何者かになったグループというよりも、何者かになろうとし続けるグループなのだと思う。

私はそこに、櫻坂46というグループの最大の魅力があると感じている。国立競技場は間違いなく大きな到達点だった。しかし、あのライブを観ていて「ここがゴールだ」とは感じなかった。ライブ終わりに次の展開を見せてくれたことがその証左だと思う。「ここから先にどんな景色を見せてくれるのだろう」と思った。

森田ひかるは「再生を選んでよかった」と語った。その言葉の重みは計り知れない。ただ、櫻坂46の物語は再生で終わるものではないと思っている。

櫻坂46はこれからも変化を続けるだろう。そして私たちBuddiesもまた、その変化を見守り、時には支えながら歩んでいくのだと思う。

櫻坂46は何を信じたから復活できたのか。その答えはきっと、「まだ変われる」という可能性だった。国立競技場という大きな舞台に立った今も、彼女たちは変化を止めようとしない。だから私は、その可能性の続きを見てみたい。

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