読書歴15年。本を1000冊読んだ僕の人生に残った10冊【ブックカフェ店主の選書】
18歳の冬、芥川龍之介の『蜜柑』という短編小説に出会ってしまった僕は、そこから死ぬほど本を読むことになった。あの一冊さえなければ、普通に楽しく生きていられたのに……、と思わないでもないが、あれだけの量の本を読んでいなければマジで死んでいたかもしれない。
そこから21歳までノンストップで読み続けた。具体的には全ての人間関係をシャットアウトし、情報も切り捨て、読書とバイトだけをするという狂った生活を3年くらいしていた。
その3年間だけで1000冊読んだのだが、それ以来も読み続けているので、実際のところ人生で何冊読んだのかはわからない。
まあとにかく、読み続けてきた結果、それが高じて今僕は一人席メインのブックカフェを営業している。
自分が読んだ本しか置いていないブックカフェで、
「こんな量の本、どこから集めたんですか?」
とよく聞かれるが、正直に言えば自分の部屋からそのまま持ってきただけである。
「なんなら厳選してきたので、実はもっとたくさんあったんです」なんて言うと、ドン引きされそうなので、そこまでは言わない。
膨大な量の本を見つつ、一冊一冊に思いを馳せる。印象的なものもあれば、ほとんど覚えていないものもある。
この中から僕の人生に影響を与えた本を10冊選ぶとしたら、何が残るだろう?
ふとそう思って、10冊選んでみた。
その10冊を眺めつつ、「あぁ、そうだな……。この本のせいで、僕はこうなってるな……」となんだか腑に落ちた。
実際の僕を知っている人が見れば、なんだか納得してもらえるかもしれない……、そんな10冊を、思い出とともに紹介していこうと思う。後半を有料にするのは、なんだか自分の身を曝け出している感が恥ずかしいからで、お金を払ってまで読みたい人だけ知ってください……。
①全ての元凶、『蜜柑』芥川龍之介
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18歳の冬、つまりは高校3年の冬ごろ。
進学校に行っていたのに、唯一勉強する気がなかった生徒である僕は、学校に睡眠のために通っていた。周りは受験一色で、ピリピリしているなか、僕だけは授業中にスヤスヤと眠っていた。
みんな勉強漬けで肌が白くなっているのに、僕だけ学校に内緒で(進学校なのでバイト禁止!)プールの監視員のバイトをしていたので、一人だけ日焼けで真っ黒になっていた。
ある日、授業中に眠り過ぎてさすがに眠れなくなったことがあった。
「暇潰しがてら問題集でも開いてあげるか……」(謎の上から目線)と思い、問題集を開くと、
『蜜柑』芥川龍之介
という一文が目に入った。
「芥川? 芥川賞とか聞いたことあるけど、それだっけ? 暇だし読んでみるか……」
と思ってしまったが運の尽き。そこから3年間ノンストップで狂ったように読み続け、12年後にブックカフェを開業することになるとは思いもしなかった……。
問題集の題材になるくらいの数千文字の短編が、まさか人生を狂わせるとは……。
何気ない短編だが、当時の僕はなぜか魅了された。
「この芥川ってやつ……、天才だ……! 何かがすごいのはわかるけど、何がすごいのか、わからないのが悔しい!」
これが生まれて初めて「文学」に出会った瞬間だった。
この日の帰り道、駅前の本屋で新潮文庫で出ている芥川龍之介の本を全て買い、(当時は一冊300円くらいで、高校生のお小遣いで7冊買えてしまった)その日から読書漬けの日々が始まった。
これまで授業も聞かずに眠っていた生徒が、今度は授業ガン無視で本を読み出しているのだから先生もさぞ驚いただろう。というか、当たり前のように授業ガン無視するのやめなさいよ、18歳の僕……。
それはそうと、とにかく全ての元凶は芥川龍之介の『蜜柑』で、人生に影響を与えた本として、これを選ばずして何を選ぶのか、ということで一発目に持ってきた。
たった数千文字の言葉が人生を変えることがある……。良くも悪くもね……。
②カナダの友人から託された一冊『かもめのジョナサン』リチャード・バック
18歳〜21歳からの引きこもり読書狂時代を経て、僕がどうなったかというと、死にかけるほど病んでいた。
芥川から始まった読書遍歴だったが、その後は主にあの時代の日本文学へと導かれ、その日本文学的暗さと当時の僕のモラトリアム的な暗さがばっちりマッチしてしまい、深淵よりも暗い人間になっていた。
死ぬほど暗くなった結果どうなったかというと、
「今、日本から飛び出さないと、さすがにそろそろ死ぬ気がする!」
と思い、日本から飛び出すことにした。
そこからワーキングホリデーという制度を知り、カナダへと飛び立ったわけだ。
そこで出会ったカナダ人の友人から託されたのが、この
『かもめのジョナサン』だ。
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普段はどちらかというとふざけてへらへら笑っているカナダ人の友人が、その時は妙に真剣な顔で、
「これは僕にとって大事な本だから、大切に読んで欲しい」
と手渡してきたのだ。
当然、英語の本だった。原題は"Jonathan Livingston Seagull"、日本語版だと『かもめのジョナサン』と少し可愛い感じになっているが、実際は「ジョナサン・リビングストン」というかっちょいい名前のカモメの話なのだ。
あらすじを簡単に書くと、
ジョナサン・リビングストンというかもめがいた。群れの他のかもめが「食べるために飛んでいる」のに対し、ジョナサンだけは「飛ぶために飛んでいた」。食べ物を得るために飛ぶのではなく、飛ぶために飛ぶ、というジョナサンは群れの中で異端扱いされ、群れを追放される……、というお話。
当時の僕はこのジョナサンと自分を重ね合わせたのだ。
日本という国でうまく馴染めなかった自分。
上で書いた高校生のころも、周りは「受験のため」「いい大学に入るため」に勉強をしていた。
でも、僕はそれがよくわからなかったのだ。
ただ勉強が好きで勉強をしていたら進学校にいくことになったのに、先生は「いい大学のため」「いい就職のため」「いい人生のため」に勉強をしろ、と言っているような気がした。
決してそれが間違っているとは言わない。
でも、当時の僕は、何か自分にはそれが合わないと思った。
かといって、それを「違う」と言えるだけの経験も持っていなかった。
そして一人だけ進学も就職もせずに、異端児扱いされた自分……。
そんな当時の自分と、群れから追放されるジョナサンがぴったりと重なり、僕は一羽のかもめの物語が、あたかも自分の話のように思えてならなかった。
カナダのシェアハウスで『かもめのジョナサン』を英語で読み終えた時、僕が手にしたのは自由の翼だった。
最後に本書から好きな一節を引用してジョナサンの話は終わろう。
「君は僕が飛べるって言ってるの?」
「違う。君は自由だと言っている」
"Are you saying I can fly?"
"No. I'm saying you are free."
③最大の影響を与えられた哲学書『意志と表象としての世界』アルチュール・ショーペンハウアー
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哲学者、ショーペンハウアーの代表作。他にも好きな哲学書はあるが、一冊だけ選ぶならこの一冊! とか言いつつ、実は全3冊だ。
簡単に言うと、全てを「意志」という概念で説明しているのが、なんだか腑に落ちたのだ。
たとえば、目があるのは何かを「見よう」としたから目がある。
手がこんな形なのは、何かを「掴もう」としたらだ。
目があるから見ることができるのではなく、見ようという意志が目を作った。
手があるから掴めるのではなく、掴もうという意志が手を作った。
というように、全ては「意志」が創り上げた、というのがショーペンハウアーの言いたいことだ。もっとここから展開するのだけど、要点だけをざっくりと説明するとこうなる。
それがどのように僕の人生に影響したのかというと、それまでは人生というのは「最初からなぜかそうなっている」ものだった。
先にルールがあって、それに従う。先に理由があって、そうなる。先に何かがあるから、そうなっていく。
要するに、僕が何かを変えられる範囲、というのが限りなく小さいものであるような気がしていた。
が、ショーペンハウアーは「見ようとしたから目がある」という。
意志が先にあって、それに従って世界が形作られていく。
その考え方は、当時の僕にとって衝撃というよりも納得だった。
日本で息苦しさを感じていたことも、読書に取り憑かれたことも、カナダへ飛び出したことも、全部あとから起きた出来事ではある。
でも、その根っこには最初から何かしらの「意志」があったのではないか。そんなふうに思えたのだ。
ショーペンハウアーを読んでから、僕は自分の中に生まれた願望や衝動を、以前ほど否定しなくなった。
「そんなの無理だろう」
「普通はそうしないだろう」
と思うことはあっても、それを間違いだとは思わなくなった。
本を読みたいなら読む。
海外へ行きたいなら行く。
ブックカフェをやりたいならやる。
文章を書きたいなら書く。
今振り返ると、その後の人生でやってきたことは、ずっと同じ方向を向いていた気がする。
成功したとか失敗したとか、そんなものどうでもいい。
ただ僕は、自分の意志に対して誠実であろうとしたし、これからもそうする。
その感覚の土台には、間違いなくショーペンハウアーがいる。
だから哲学書を一冊だけ選べと言われたら、僕はこの本を選ぶ。
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