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1章③3姉妹の次女と教育ママ

姉は、とても真面目で優しい
性格で母の言うコトをよく聞
く、自己主張の少ない大人し
くて控えめでマジメな性格。

次女の私はかなりやんちゃで
氣が強く、あまのじゃくで反
逆的で、とても手間のかかる
娘だったはず。

私の生まれた2年後にまた、
三女となる妹が産まれ「ま
た女の子!」。

父も母も3連続女子の誕生で、
増田家後継ぎの男の子はとう
とう諦めたらしい。

嬉しい子供の誕生の瞬間にも
関わらず、同時に(男の子を切
望していた)祖父母や父母の当
時の落胆は、計り知れない。

父母は4人目の男の子は諦め、
3人の私達姉妹を大事に育て
てくれた。

8人家族の中、とても大人しく
優しい曾祖母、面白くて厳し
い祖父、働き者で楽しい信心
深い祖母と遊ぶのが大好きだ
った私。

口数は少ないがたまに、面白
いことを言う父と躾や教育に
厳しいが、手作り料理を毎日
欠かさない頑張り屋の母に囲
まれ、賑やかな家族と共に、
多感な幼少期を私は過ごした。

三姉妹、歳が近いので些細な
喧嘩は頻繁で、私は特によく
怒られた。

三姉妹

姉といつも結託してチーム
を組む妹2人に、「泣いたら
負け‼」と小さな諍い・ケン
カでも泣かずに負けない強い
私でいたかった。

私は姉にも妹にも、男の子に
も負けたくない、氣が強い性
格が形成され、負けず嫌いの
勝気な女子になってしまった。

母の三姉妹の喧嘩の末の、
お仕置きである激しいお尻
叩きは、私の記憶に深く刻
み込まれている。

あれは躾と称する「虐待」か、
3姉妹の教育と毎日の家事に
忙し過ぎる、母のストレス発
散法だったのかもしれない。

母に認められて愛されたい
子供としての素直な気持ちと、
母に怒られて私がどんなに激
しく泣き叫んでもお尻を叩か
れ続ける躾の恐怖に怯える体
験を繰り返した私は、複雑な
思いを抱えながら、成長した。

「叩いている私の手も痛い」と
母が、私達娘のお尻を激しく叩
いている時、「私も辛いのだ」
と母が主張してたのは、今は
子供への暴力&虐待を、母なり
に正当化する屁理屈にしか感
じない。

お尻叩き

あらゆる習い事でも、姉や妹と
母や先生にいつも成績や結果を
比べられるのに強いプレッシャ
ーを感じてた。

私は自分なりに必死に努力し、
「頑張り屋さんのイイ子」として
母から認められたかった。

でもいくら頑張っても、中学校
で一番の成績を何度取っても母
に褒められた記憶は一切ない。

できなかった1点や、取れなかっ
たほんの小さな欠点でよく叱ら
れた事だけを強く覚えている。

それでも毎日、面白いおじい
ちゃんや2人の優しいお婆ちゃん
達に愛され、楽しくて飽きない
毎日は、笑いのあるどこにでも
ある昭和時代の、普通の一般的
な家族だったと記憶している。

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