7章⑳自分らしい坊主時代
穂高養生園が雪で閉園する12〜
3月の冬休みの4ヶ月、毎年イン
ドやタイへヨーガやデトックス
を学び、自ら体験する為にバッ
クパックで一人旅をした。
暑いインドでは髪の毛が邪魔に
感じたのと、同期のRちゃんが
既に坊主だったので穂高養生園
の2年目から、私もサッパリ坊
主頭にした。

気分が本当にスッキリし、手入
れの楽な坊主頭は、本当に気持
ちが良く快適だった。
髪の毛や髪型に一切こだわりの
ない私は、2週間に1度位にマイ・
バリカンで髪の毛を剃るのが習
慣になった。
昔見た映画「GIジェーン」の中
で軍人のデミ・ムーアがバリカ
ンで自分の髪の毛を刈り坊主
頭にするシーンがあり「うわぁ、
潔くてカッコいい!」とずっと
密かに坊主頭に憧れていた私。

父は私の坊主頭に興味を示した
ので、養生園からすぐ写メール
を送ったが、母は”尼僧”か”世捨
て人”になったみたいな、娘を見
たくなかったらしく母の望み通
り、母には坊主頭を見せない様
にしておいた。
女性の坊主頭は日本では尼寺位
しか見掛けないし、一般の会社
では異常な髪型に映るけど、穂
高養生園では坊主頭の私は、普
通に平気で過ごせた。
ゲストさん達もスタッフ達から
も「坊主のケイちゃん」と呼ば
れ、そのままの私を受け入れて
くれてありがたかった。
自然の偉大さ、四季の美しさと
厳しさ、季節ごとの旬の有機食
材で作る食事で、私のココロも
カラダも、本来の私らしいシン
プルな生き方を喜んでいた。
私は穂高養生園で働く内に、自
然に本来の自分らしさをやっと
取り戻せたと感じられた。

20代後半迄に感じ続けた自分の
ココロの中の深い闇はあらゆる
恋愛もこじらせまくり、本当の
幸せな関係にはドレも結局繋が
らなかった。
本来の私の個性と周囲や社会の
常識、家族の認識との違いや世
間の示す一般的な「普通」の幸
せ(高学歴☞イイ会社に就職☞結
婚☞子育て等)と、私が求める幸
せな生き方には、常に深〜い溝
を感じていた。
いつも自分自身の中で、何とも
言えないわだかまりや言葉に表
現し切れないモヤモヤした思い
がずっと私のココロに影を落と
し続けていた。
それなのに穂高養生園で過ごす
毎日は、豊かな大自然と周囲の
優しい仲間達の愛情や受容の精
神から、私のココロの傷や暗闇
の部分が、自然と昇華した様に
感じ私はとても幸せだった。
世間の常識も誰かの押しつけら
れる様な価値観も一切関係なく、
”あるがまま”の自分自身を穂高
養生園やインドでの一人旅をす
る内にようやく感じられ、30代
半ばは本当に充実した恵まれた
環境で日々を過ごせた。

私の恋愛は自ら相手の愛情や
存在を欲しいと求めるタイプ
ではなく、自分に寄せられる
好意を私が感じると「あれ、
私も好きかも?」と相手の好意
に同意する恋愛がほとんど。
どんな相手に対しても、いつか
このラブラブな関係も終わりを
迎えるモノだという諦めがあり、
どの相手とも本気で結婚したい
とまでは、なかなか思えなかった。
穂高養生園でも好意を寄せられ
恋愛を経験したが、将来一緒に
なる未来や結婚を本気で描く相
手ではなく、相手の強いニーズ
に合わせ二人でのデートをゲー
ム感覚で楽しんでいた想いが強
く残る。
2人で過ごす時間を何度重ねて
も、最初から最後までお互いに
ココロの内側や本当の気持ちを
やっぱりさらけ出せず、ちゃん
と相手を深く理解するまでには
至らず、自分勝手な恋愛だった
なと今、当時の私を振り返る。

「孤独を生き切る」と言う瀬戸
内寂聴さんの本を大学時代に読
んだ時から、私は「そもそも人
は孤独。生まれる時も死ぬる時
も一人。」と信じてる。
祖父の死を目の前で看取った時、
妙にその言葉に納得した私は常に
強烈な孤独感がココロの友みたい
に棲みついていた。
穂高養生園で働く女性スタッフ
の仲間内で流行った、「新月の
アファメーション」を新月の決
まった時間帯に紙に書き出し、
将来の自分の幸せなヴィジョン
をちゃんとクリアにして、理想
の未来をハッキリと描く習慣を
楽しんでいた。
坊主頭になっても純粋な乙女心
はちゃんと残っていて、運命の
出会いや結婚して幸せを共に創
造するパートナーを求める私は、
いつでも理想的な幸せを協働で
きる関係を諦め切れないしぶと
さがあった。
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