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子どもを変えようとしていた私が、やっと気づいたこと|keiko|自己紹介|発達障害育児|起立性調節障害|子育て|プロフィール



はじめまして
keikoです。

私は40代の同居嫁で
17歳(高2)と
15歳(中3)の息子を
育てています。


我が家の息子2人には
発達障害(ASD)
HSC(ひといちばい敏感な気質)という
特性をもって
生まれてきました。


下の息子は
環境の変化がとても苦手で
進級のたびに行き渋り

教室に入れなくなり
学校を休むことも多々あります。

学年が上がるにつれて不安定になり
今は起立性調節障害とも
向き合っています。


朝、起きられない。
体がだるい。
頭痛や吐き気。

「怠けているわけじゃない」と
分かっていても

不安になる日も
迷う日もあります。




上の息子は
歩くのも
言葉が出たのもゆっくりで
癇癪も強く
「育てにくい」と感じる毎日でした。

「もう、いい加減にしてよ」

そう怒ってしまっては
眠る子どもの顔を見て
泣きながら謝る夜を
過ごしてきました

夫にも、親にも
ママ友達にも相談できず

「全部わたしのせいだ」と
自分を責め続けていました。

私は、ずっと孤独でした



人生が止まったように感じた日


それは、上の息子の3歳児健診で
発達障害(ASD)の診断を受けた日。

ショックで動けないほど
つらかったし、悲しかった‥

泣きながら車を走らせ
家に帰ったことを
今でも思い出します。

無情にも時は止まらないし
巻き戻せませんでした。

周りが羨ましくみえて

結婚して
子どもが生まれたら
絶対、幸せなんだと思っていた私

すべてドミノ倒しのように崩れていく
そんな現実が悔しくて
受け止めきれなくて‥

あまりにも理想と現実の違いが
ギャップが大きすぎて辛かった。

外の世界が信じられなくなり
すべて大嫌いになりました

「普通のレール」から
外れた気がして

社会から置いていかれたようで
胸がぎゅっと締めつけられる感覚。

障害というレッテルを受け止めきれなくて
本当に辛く悲しくて涙する日々

育児書にも載っていない。
将来も見えない。
どこに相談すればいいのかも分からない。

同居のストレスも重なり

このやり場のない感情が
吐き出せない心の叫びが
限界になって

子どもと一緒に
部屋に引きこもっていた時期もあります。

思い返せば
このころの私は
「産後うつ」だったのかもしれません。

「助けて」と声をあげれていたら
どんなに楽だったでしょう。

私自身が頼ることを許さない
1人でなんとかしなきゃいけない

そんな私の思考のクセが
自分自身を
苦しめていたのかもしれません。



私がここまで自分を責めてしまった理由



私はずっと

「ちゃんとした母親でいなければいけない」
「私が何とかしなきゃいけない」
「迷惑をかけてはいけない」

そう思って生きてきました。

私は、幼少期
ヒステリーで厳しい母親と
無関心な父のもとで育ち

毎日怒られるのが怖くて
従わなかったら
雑巾で叩かれ
閉め出される生活でした。

恐怖で怯えながらの暮らしで

自分の気持ちを押し殺し
逆らえず
母親の指示に従って
生きてきました。

だから私は
弱音を吐くことが苦手で
頼ることもできなくて
意思決定することもできなくて


すべてに蓋をして
嫌われたくない一心でした。

心の叫びを見ないふりして

ただ、ただ
居場所がほしくて

誰かに気づいてと思っていたのかもしれない

そんな幼少期から学生時代を
過ごしてきました

大人になってからも
母親からの監視があって

そんな中
父親の鬱が発覚

徘徊を繰り返して
何度も入退院し
亡くなりました。

どうして‥
なんで私ばかり
こんな目にあわなきゃならないの?


どこにいても誰かに
見られてる恐怖。

心の葛藤、苦しみで
もう人生を終わりにしてしまおうと
思った日もありました。



何もかもうまくできない自分を
許すことができませんでした


だからこそ
子どもがうまくいかない
現実を前にしたとき

「全部、私のせいだ」

そう思わずには
いられなかったんです。



朝が来るのが怖かった頃


子どもが
不登校気味になってから

朝がくるのが
正直怖かったんです。

目が覚めた瞬間から
もう、私の心が
ざわざわしている。

また今日も
学校に行けないかもしれない。

そんな嫌な予感から
私の今日が
始まっていきました。


何度
声をかけても動かない
ただ時間だけが過ぎていく


本当は優しくしたいのに


焦りと不安で
感情が暴走してしまう

気づいたら
自分でも溢れる気持ちを
抑えられなくなった


感情がコントロール出来ず
きつい言葉を投げかけてしまう。


言った瞬間に後悔するのに
止められない

焦る私

普通に朝は起きて
学校へいくのが当たり前で

行かないなんて
絶対ありえない。

周りから
どう思われるか

そんな誰かの常識に囚われて
学校へ行くことが正しいんだと

私の中にある固定概念から
疑うことはなかった

それなのに
当たり前や普通
常識といわれるものが

目の前で簡単にガタガタと
崩れていくのが分かった


でも本当は
息子が悲鳴をあげている

そのことを薄々気づきながらも
私は鬼みたく
行けない息子を否定し
認めませんでした。

無理なのが分かっているのに
私の気持ちがどうにもできない。

学校を休む事を許していない
私の正論を押し付けてしまう


声をかける
優しく問いかけてみる

返事がない

もう少し強く言ってみる
それでも、動かない。

ついに
私の感情が大爆発する

「なんで起きないの?」
「もういい加減にしてよね。」
「本当は行きたくないだけでしょ」

言った瞬間に後悔するのに
感情が抑えられない
止められない


その瞬間から
家の中の空気が
一気に重くなる。


きっとこんな私は
大嫌いだった母親と同じ
ヒステリックで
「最低だよね」と
頭によぎりました。



学校を休むと決まる瞬間


息子の口から
「今日も休む」
「いつも行けなくてゴメン」

そして、ある日
子どもは言いました。

「学校に行きたくない」

その言葉を聞いたとき
頭の中が真っ白になりました。

これでいいの?
このままで大丈夫なの?
この先大変だよ。


答えは、出ない。

ただ
また今日も
不安な一日が始まる。

もう、負のループに陥っていました。



夜になると、自分を責める時間が始まる


暗く子どもたちが
寝静まった部屋で

「また今日も怒ってしまった」と
自分の言ってしまった
言葉を思い返しては反省会


「あんな言い方しなきゃよかった」
「また傷つけてしまった」



気づけば

子どもではなく
自分を責めている



「こんな母親ダメだ」
「私は最低だ」



自己嫌悪、自己否定


子どもじゃなくて
自分を責めて責めまくり
大嫌いになって泣きながら
1日が終わる。

許せない自分を責めたまま
後悔しながら
浅い眠りにつく

そんな毎日を過ごしていました。


もし今、ここに少しでも
想いが重なったなら

それは
あなたがちゃんと
子ども向き合っている証拠
です


愛情です。

脳内が子どものことで
いっぱいになっています

間違えていません。
大丈夫です。

愛しているからこそ
責任を1人で感じ過ぎて
出てくる不安や恐怖と
戦っているのだと私は想います

孤独や悲しさを
全部あなただけが
抱え込みすぎているだけなんです。

どこかで気持ちを共有できたら
想いを吐き出すことができたら

きっと楽になれるはずなのに‥と
ずっと心に思っていました


私も、同じでした


このnoteでは
子育てで、行き詰まり
苦しくなってしまった心の叫びを
ただ、ただ寄り添い
想いや言葉にして届けています

私はこれまで
息子2人の発達凸凹や不登校
起立性調節障害と向き合う中で

日々どうしたらいいのか分からない
何が正解なのか分からない

孤独で苦しくて悲しくて
心が崩壊していた私

不安しかない日々が
辛すぎて孤独でした。

そんな毎日を
長く何年も過ごしてきました。


調べては
試して
頑張って動く


それでも変わらない現実。


「まだ何かが足りないのかな」
「もっと、あれもやらなきゃ」

気持ちばかりが先走って
空回り

そして最後は

「私のせいだ」

そこに戻って
自分をいつも責めていました。

だから
今の私が
最初からいたわけでもなく、

「こう考えればいい」と
分かっていたわけではありません。

むしろ逆で

分からなくて
苦しくて
どうにもできなくて

何度も立ち止まって
負のループの中にいました。

そして遠回りしながら
ここまで辿り着きました



家の中にいても、気持ちが落ち着かない


私は今どき
珍しい同居生活

きっと私の過去の家族より
優しいし私の居場所も
きっとあるはずだと
信じていた結婚当初


それでもやっぱり
同居の中で感じる


言葉にされない空気
見えない圧力
なんとなくの視線


母親として
妻として
家族として

ちゃんとしなきゃ
ちゃんとしていないと思われる
見られてる
出来ない自分は母親失格 


そう思えば思うほど
気を抜く場所が、どこにもない。


家なのに
安心できない。

目に見えないプレッシャーが
焦りとなり
私の心を追い詰めていきました



誰にも分かってもらえない孤独


夫に話しても
「気にしすぎじゃない?」

その一言で
全部、私の思いは届かず
心に閉じ込めるしかなくなる。


朝の苦しさも
毎日の積み重なりも
心のすり減りも


伝わらない。

それ以上
伝えようとすると
ケンカになってしまうから

だから
ひとりで抱えるしかなかった。

とても悲しかったことを
覚えています。



それでも、家族は大好きだった


どれだけ
心と時間に
余裕がなくても

子どものことは
大好きでした。

なのに
感情のコントロールが出来ず
目先の不安で
つい怒ってしまう


だから
うまくできない自分が
許せなかった。


そんな私自身が大嫌いだった

怒ってしまった夜は
寝ている顔を見ながら

こんなママでごめんね‥
あなたの事は大好きだよと


何度も
心の中でつぶやいていました



ある時忘れられない瞬間を思い出す



あるとき、ふと気づいたんです。

どんなに怒っても
息子は
私に笑顔を向けてくれていたことに。


あれだけ
ひどいことを言った後でも
感情のまま怒ってしまった後でも

何事もなかったように
笑ってくる。

私の顔を見て
嬉しそうに
近寄って
そばにいてくれる

そのたびに
胸がぎゅっと苦しくなる。

私はちゃんと
できていなかったのに
優しくできていなかったのに

それでも息子は

いつも私のことを
大好きでいてくれた
嫌いにならないでいてくれた

息子の笑顔が
何よりも救いで

その事実が
あまりにもあたたかくて
ありがたくて

涙が止まりませんでした。

これが私の生きている証
生きる道、使命なんだ

そう気づきました

私の使命は

毎日を笑いながら
ただ息子を笑顔にすることなんだと

我に帰ることができました


元気で笑って
毎日を暮らせたら
十分すぎるほど幸せなんだ

それだけでいい

息子たちの笑顔が
前を向くモチベーションに
だんだん変わっていったのです。



やっと気づいたこと



私はずっと
子どもを変えなきゃ
幸せになれない


普通のレールにのってない今 


当たり前に生きていけてない現実


それは子どものせいだと
勝手に思い込んでいた


だから私が子どもを
普通の道に進めるように
必死に変えようとしていました。

学校に行かせなきゃ
普通に戻さなきゃ
遅れないようにしなきゃ


でも本当は
私自身が

「このままじゃダメ」
「ちゃんとしなきゃ」

普通じゃなきゃダメ


そうやって
世間の「普通」に
自分が縛られていただけでした


そして、やっと分かったんです。

子どもをどうにかしようとしている限り
私はずっと苦しいままだ

状況が全然変わらないどころか
悪化していっていることを。

本当に、私が幸せを見失っていました


初めて、自分に向けた言葉をかけてみた


他人は、変えることができない
難しいことなんだと悟った私は

現実を明るい未来に変える為に
まず自分を見なくちゃ
もっと自分と話をしてみたい

そう思うようになりました。


私は自分自身に
いつも
どんな言葉をかけているのだろうか?


振り返ってみると
ひどい言葉ばかり
罵声ばかり‥

その後のフォローを
自分にしてなかった


親友には
「大丈夫だよ」
「心配ないよ」と
声をかけるはずなのに

私自身に対しては
存在すらも
ぜんぶ「無視」してた


そりゃぁ‥孤独を感じでも
大嫌いになっても
仕方ないですよね

そこに気がついた私は

子どもではなく
まず自分の中を
見てみることにしました

心の対話です


そして
初めて、自分に声をかけました。

「しんどかったよね」


その瞬間
全部、何かが
ほどけた気がしました。

涙が溢れました

そして

「こんな私でもいい」

そう声をかけました


その言葉で
やっと呼吸ができました。

深呼吸ができると
なんだかザワザワした気持ちが
引いていくのを
感じとることができました。




変わり始めた瞬間、前に1歩進んだ



不思議なことに
私が自分を責めるのをやめると
家の空気が変わりました。


少しやわらかくなって


子どもが少し笑って
少し話してくれるようになって

ほんの少しずつ
動き始めました。


大きな変化じゃないです

でも
確実に、前に進んでいました



そして今は

未来は、思っていたより暗くなかった

そう思えています。



私がこのnoteで届けていきたいこと



私は
正しいことを
教えたいわけではありません。


ただ

安心できる心の居場所をつくりたい

そして

おばあちゃんになるまで
笑って暮らしたい


心から
そう思っています。



このnoteでは
次のようなことを
大切にしながら言葉を届けていきます。


・子どものことで頭がいっぱいな日に
 自分を取り戻す整え方

・不登校や起立性調節障害と
 向き合う中で見つけた家の空気をゆるめる視点

・「全部わたしのせい」と思ってしまう夜に
 自分へかけたい言葉

・同居や家族関係の中で
 心の居場所を守る考え方

・苦しい日々の中でも見つけた
 小さな安心と希望


そして

不安とどう付き合うか
将来をどう向き合うか

そんなことを
ひとつずつ
言葉にしていきます。



正しさじゃなくて
安心とつながりと居場所
です


それを
何より大切にしています。



最後に



ここまで読んでくださって
本当にありがとうございます。


今、どんな状態でも大丈夫です。


できていなくてもいい
進めていなくてもいい


ここに来てくれたあなたは
もうひとりじゃないです


しんどい日も
不安な日も


ここに戻ってきてください。

何も変わらないように見える日も
ちゃんと、止まっていません。
確実に前に進んでいます。


大丈夫


ひとりで抱えなくていい


ここはあなたが
そのままでいられる場所です。

あなたが
今日もここまで踏ん張ってきたこと


誰にも見えないところで
たくさん悩んで、考えてきたこと


その全部に、心からの感謝を込めて。


うまくできていなくてもいい。
立ち止まっていてもいい。


それでも
ちゃんと向き合っているあなたは
本当にすごいと思います。



ここでは、これからも
苦しいときに
少し呼吸ができるような言葉を
ひとつずつ、丁寧に届けていきます。

少しずつ
心の氷を溶かして

「生きていてくれるだけでありがとう」と
思えるように

もしまた、しんどくなったときや
ひとりで抱えきれなくなったときは


いつでもここに
戻ってきてください。


あなたのペースで、大丈夫です。


そしてもし
「また読みたい」と思っていただけたなら

ここで、これからも
一緒に歩いていけたら嬉しいです。


この出会いに感謝しています

keiko




もし

「少しだけ話を聞いてほしい」
「誰にも言えない気持ちを吐き出したい」

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