ただ絵を見て、風の音を聞いて
安曇野を訪れた日。
行きたい場所があった。
安曇野ちひろ美術館だ。
6年ほど前にも一度訪れているけれど、
再び、いわさきちひろさんの絵が見たくなった。
もともとは母が好きな絵だったこともあり、
幼い頃には実家にも絵が飾られていた。
それだからなのか、
私にとっては、どこか親しみのある存在だ。
車窓からは、
まだ雪の残る北アルプスの山々が見えた。
なぜだか昔からこういう景色に惹かれる。
水が引かれた田んぼ。
田植えされたばかりの場所や、
これから植え付けが始まりそうな田んぼも見かけた。

駐車場に車を停めて降りると、
少しひんやりとした風が吹いてきた。
芝生と池、
その向こうに広がる青空が目に入る。
池の近くから、
ゲコゲコゲコと低い鳴き声が聞こえていた。

なだらかな丘を歩き、美術館へ向かう。
入口の前に着いたとき、
ちょうど10時になるところだった。
スタッフの方が案内板を出しに外に出てきて、
「お待たせいたしました。どうぞ」
と声をかけてくださった。
偶然だけれど、
開館と同時に入れたことがなんだか気持ちいい。

チケットの代わりに、
こどもの絵が描かれた小さな入館証をバッグにつける。
このタグを付けていれば、
一日に何度でも出入りできるそうだ。


青空が広がっていた。
照明の明るさを抑えた展示室をゆっくり進む。
透明感のある色彩と、
どこか余白を感じる絵たち。
数多くのスケッチを見ることができたり、
若き日に書を学ばれていたことを知れたり。
前回訪れたときとは、
また違った印象を受けた。
中庭に沿って奥へ進むと、
絵本の部屋に辿り着く。
たくさんの絵本が並び、
壁には絵がそっと見守るように飾られていた。

小さな椅子
ちょうど誰もいない時間だったので、
ベンチに腰掛けてしばらく過ごす。
静かで、あたたかな空間だった。

渡り廊下に出て、
隣の「世界の絵本館」へ向かう。
外に出ると、
冷たい風がヒューッと吹いていった。


「シデロ イホス」という楽器だそう。
ぽんっと叩いてみると、
少し不気味でなんとも不思議な響きがした。
こちらでは、
「96才、画家。ユゼフ・ヴィルコン。
ーポーランドの巨匠ー」と、
「ちひろ美術館コレクション
世界に生きる動物たち」が展示されていた。
力強かったり繊細だったりと、
様々に描かれていた動物たちの姿。
そして、
新たな表現を探しながら創作を続ける姿勢。
作品を眺めながら、私の中にも
何か小さな種のようなものが落ちた気がした。
それが何になるのかはまだ分からない。
けれど、少しだけ勇気をもらえたようにも思う。
再び渡り廊下を通り、
今度は北口から外へ出た。

風が吹き抜けていく。
静かで、ゆるやかな時間が流れていた。

帰る前に、
ミュージアムショップへ立ち寄った。
「りんごと天使」と「海辺の小鳥」のポストカードを一枚ずつ。
母の日が近かったので、
母にもポストカードと一筆箋を選んだ。
誰かに贈りたいと思っていることが、
少しうれしかった。

美術館をあとにしてからも、
そんな気持ちがどこか心に残っていた。
ただ絵を見て、風の音を聞いて、ゆっくり歩いただけ。
それでも、そんな時間が
心の中に少し余白を作ってくれた気がする。
6年ぶりに訪れた場所は、
以前と同じようでいて、少し違って見えた。
また来たいと思える場所がひとつ増えた。
Keika
