尾崎世代の50代の俺が、欅坂46の「不協和音」に震え、浜田省吾に希望を見たわけ
2017年、テレビから流れてきた欅坂46の「不協和音」を聴いた瞬間、鳥肌が立った。もうすぐ50代というのに、まさかアイドルグループの曲にここまで心を揺さぶられるとは思ってもいなかった。
だが、その震えはどこか懐かしかった。気づけば俺は、1985年の冬へ引き戻されていた。あの頃、俺たちのバイブルは尾崎豊の「卒業」だった。
「夜の校舎 窓ガラス壊してまわった」
今なら問題視される歌詞だろう。だが当時の俺たちは、その破壊衝動そのものに共感していたわけではない。その奥にある息苦しさに共感していたのだ。
管理教育。
画一化された価値観。
絶対的な権威としての教師や大人たち。
尾崎は、そんな世界に押し潰されそうな若者たちの叫びを代弁していた。
それから三十年以上が過ぎた。時代は変わった。だが、「不協和音」を聴いたとき、俺は思った。
「若者たちは今も戦っている。ただ、敵の姿が変わったのだ」と。
尾崎の時代の敵は見えていた。
学校だった。
教師だった。
管理社会だった。
だから反抗も分かりやすかった。
窓ガラスを割る。
学校を飛び出す。
支配から脱出する。
言わば「脱出戦」である。
もちろん現実はそんなに単純ではなかったが、少なくとも自由は校門の外にあるように思えた。
しかし、「不協和音」の世界は違う。
現代の敵は顔を持たない。
SNSのタイムライン。
グループチャット。
フォロワーの視線。
評価の空気。
同調圧力。
誰か一人の権力者が支配しているわけではない。
むしろ、仲間同士が互いを監視し合うことで成立する。
「空気を読め」
「みんなと同じでいろ」
「波風を立てるな」
そうした無数の声が、人を少しずつ追い詰めていく。
しかも、その圧力は学校を出ても終わらない。
スマホがある限り、どこまでも追いかけてくる。
だから「不協和音」の主人公は逃げない。
いや、逃げられないのだ。
彼は叫ぶ。
「僕は嫌だ」
それは脱出ではない。
籠城である。
自分という存在を守るための最後の防衛線だ。
尾崎の時代が「脱出戦」だったとすれば、「不協和音」の時代は「籠城戦」なのだと、俺には思える。
そして正直に言えば、その戦いは俺たちの時代よりも過酷かもしれない。
だからこそ、この歌は国境を越えて共鳴した。
香港の民主活動家アグネス・チョウ氏は、拘束中にこの曲を思い出していたと語っている。
もちろん、日本と香港を同列に語ることはできない。
自由や人権をめぐる状況はまったく異なる。
だが、人が「同じであれ」と強制される苦しみには共通する部分がある。
学校でも。
会社でも。
社会でも。
異論を唱えた者が浮き上がり、排除される。
その構図自体は決して珍しいものではない。
だから俺には、「不協和音」が描く世界は決して特別なものには思えなかった。むしろ毎日通う会社の会議室やオフィスの方が、よほど身近に感じられた。組織の都合に合わせることが正義になり、自分の違和感を飲み込むことが大人の条件になる。そんな場面を、俺たちは何度も見てきたはずだ。
では、そんな時代に希望はあるのだろうか。
俺はあると思う。
なぜなら、尾崎の後には浜田省吾がいたからだ。
尾崎が反抗を歌ったなら、浜田はその先の生き方を歌った。
浜田省吾は2015年の「光の糸」でこう歌っている。
「未来へ連なる光の糸を 紡いでいこう、暗闇に支配されないように」
若い頃の俺たちは、社会と戦うことばかり考えていた。
だが年を重ねて分かったことがある。
人を支えるのは、叫びの大きさだけではない。
つながりだ。
誰にも届かないと思った声が、どこかで誰かに届く。
孤独だと思っていた痛みが、実は他者と共有できるものだと知る。
その積み重ねが「光の糸」になる。
一人の抵抗は点にすぎない。
だが点と点が結ばれれば線になる。
線が重なれば、やがて大きな力になる。
社会を変えるのは、いつだってそうした小さな意志の積み重ねだったはずだ。
だから俺は思う。
若い人たちは、無理に調和する必要なんてない。
自分を消してまで「Yes」と言わなくていい。
尾崎が鳴らした反抗の音も、欅坂46が鳴らした不協和音も、本質は同じだ。
それは、人間が人間として生きるための尊厳の音である。
もし今、誰にも理解されず孤独を感じている人がいるなら、その声を消さないでほしい。
その小さな不協和音は、いつか誰かの光の糸と結ばれる。
だから鳴らし続ければいい。
誰かに嫌われても。
理解されなくても。
人が人として生きるために必要な音ならば。
