空想フランス料理フルコース73 小麦のオデッセイⅢ 小麦を火と水でたどる旅 L’Odyssée du Blé III – Métamorphoses du blé par la chaleur et l’eau
L’Odyssée du Blé III Feu et Eau – Métamorphoses du blé par la chaleur et l’eau
小麦のオデッセイⅢ 小麦を火と水でたどる旅
粉は水で目覚め、火で姿を変える。蒸す、煮る、焼く、揚げる、燻す、乾かす。同じ小麦でも、湯気と泡と油と煙のかけ方で、香りも食感も別の顔になる。
火と水の手つきをたどる、小麦の第三の旅。
コースのコンセプト
蒸し器の湯気、澄んだトマト水、静かなヴァプール、高温の油、やわらかな燻煙、乾いたスポンジと温かい果汁。同じ小麦に水を含ませ、火で固め、もう一度潤す流れを一皿ずつ追う。
世界と食感、発酵と時間に続き、技法と熱と水分で小麦を読み直す章とする。

Chapitre 0 湯気 起床
Amuse-bouche
1.グジェール ヴァプールとブリュレ 海藻バターの点描
小さなグジェールを蒸気でふくらませ、表面だけさっと焼きつける。
中に海藻バターをしのばせ、湯気と塩の香りを小麦の生地に移した一口。
出典
フランスのグジェールとブルターニュの海藻バター
技法
シュー生地を高温で持ち上げてから蒸気を入れ、表面を短時間ブリュレ。
海藻バターは中に忍ばせ、余熱で香りを立たせる。
味わうポイント
かじると空気を含んだ生地がふわりとつぶれ、薄いカリっとした層が後から弾ける。
海藻の塩香とバターのコクが小麦の甘みを押し上げ、口が静かに起きていく。
2.ミニ・バオ 小麦の蒸しパン 生姜香味油のしずく
一次発酵させた小麦生地を小さく丸め、蒸籠でふんわりと蒸し上げる。
中にねぎと生姜のペーストを少量仕込み、熱した香味油を一滴だけ落とした蒸しパン。
出典
中国の饅頭と包子の蒸しパン文化
技法
小麦生地を軽く発酵させて成形し、蒸籠でしっとり蒸す。
香味野菜のペーストを包み、サーブ直前に生姜香味油を落とす。
味わうポイント
噛むと蒸しパンのしっとりした弾力と湯気の温かさが広がる。
遅れて生姜とねぎの香りが立ち上がり、アジアの小麦の顔を短くのぞかせる。
Chapitre I 水 澄明
Entrée froide
トマトウォーターのコンソメ セモリナ・スノー ハーブサラダ

塩をふったトマトからにじむ澄んだジュに、塩麹と麦芽酢で奥行きをつける。
乾かして砕いたセモリナの雪と細かなハーブを重ね、水の旨味を小麦で受け止める冷前菜。
出典
イタリアのセモリナ文化とフレンチのコンソメ・クラリフィエ
技法
トマトを水出しして澄んだジュを取り、塩麹と麦芽酢で調味。
加熱して乾燥させたセモリナを粉雪状に砕き、冷たいスープにのせる。
味わうポイント
最初に澄んだトマトの旨味とやわらかな酸が舌を洗う。
続いてセモリナの雪がさらりと溶け、小麦の甘みとハーブのほろ苦さが静かに重なる。

Chapitre II 蒸す やわらぎ
Entrée chaude
パン・ロワイヤル 小麦のフランと森の茸の軽いジュ
小麦を牛乳で煮出した小麦乳とパン粉でフランを仕立て、低温でなめらかに蒸し固める。
周囲に茸のだしと少量のバターを乳化したジュを流し、森の香りで小麦を包む。
出典
フレンチのロワイヤルをパン粉と小麦乳で再構成
技法
小麦を牛乳で煮出しこして小麦乳を作り、パン粉と卵と合わせてフラン生地に。
低温の蒸し器で絹のように固め、茸のジュを軽く乳化させて注ぐ。
味わうポイント
ひと口すくうとフランが舌に吸い付き、パンと小麦乳の穏やかな甘みが広がる。
茸のだしとバターが静かに重なり、湯気のやわらかさをそのまま味わう一皿になる。
Chapitre III 焼く 焦がしの記憶
Poisson
真鱈のヴァプール フィロの薄羽 柚子シャンパン・ナージュ
冬の真鱈の切り身を低温の蒸気でふっくら火入れし、上に香ばしく焼いたフィロの薄羽を重ねる。柚子をきかせたシャンパンの軽い泡ソースで、水と火を一皿に集めた魚料理。
出典
フレンチのヴァプールと地中海のフィロ、日本の冬の真鱈
技法
真鱈を低温ヴァプールでしっとり蒸し上げる。薄くのばしたフィロを香ばしく焼き、身の上に重ねる。柚子香るシャンパンのナージュを軽く泡立てて添える。
味わうポイント
真鱈のしっとりした身をかむと、上でフィロの薄いパリパリが弾ける。
柚子とシャンパンの酸を含んだ泡がふたつの食感をつなぎ、冬の海の静かな余韻を残す。
Intermède 冷と香 再起動
Granité
ヴェルモットと麦芽のグラニテ 白ぶどうのディルミスト
麦芽を浸した液とヴェルモットで作ったシロップを細かなグラニテにし、下に古樽モルト香のジュレを敷く。
白ぶどうにディルの香りを軽くまとわせ、穀物とハーブで口を冷やす小さな一皿。
出典
欧州の麦芽とハーブを使った酒と菓子の文化
技法
麦芽温浸液とヴェルモットでシロップを作り、細粒グラニテに。古樽モルト香のジュレを下に敷き、白ぶどうにディルの香りを移す。
味わうポイント
シャリっとした冷たさとほのかな苦みの後に、麦芽の甘い香りが追いかける。
白ぶどうの瑞々しさとディルの青さが口中を整え、ここまでの火と脂の記憶がリセットされる。
Chapitre IV 揚げる 衣の建築
Viande
豚ロースのトンカツ 建て衣仕立て 英国ウスターと仔牛ジュ

厚切りの豚ロースに小麦粉と卵、粗めのパン粉をまとわせて香ばしく揚げ、マッシュポテトとパン粉を合わせた台座の上に扇状に立てる。周りにローストポテトと芽キャベツ、バターでしんなりさせたキャベツのリングを添え、英国ウスターと仔牛のジュを合わせたソースをひと筋あしらう。
出典
日本のとんかつ文化とイギリスのウスターソース、フレンチのジュ、各国のマスタード
技法
豚ロースを塩漬けして低温で予備火入れ。
粗めのパン粉を二度づけし、高温短時間で揚げて衣を立ち上げる。濃縮ウスターに仔牛ジュを合わせ、軽く乳化させてソースに。マスタードは、ディジョンマスタード、イングリッシュマスタード、アメリカンマスタード、ハニーマスタード、和芥子の5種。
味わうポイント
最初はソースを少しからめたトンカツだけで、衣のザクッとした食感と肉のやわらかさを確かめる。次にポテトや芽キャベツ、温キャベツを組み合わせて甘みと香ばしさの違いを重ね、5種のマスタードを少量ずつ付け替えながら、辛味と香りの変化を一口ごとに楽しむ。

Chapitre V 燻す 香りの幕
Fromage
スモーク小麦クラッカーとウォッシュのアッサンブラージュ
軽く燻した小麦のクラッカー生地を薄く焼き上げ、表面に細かな気泡をつくる。
アルプスのウォッシュタイプチーズをのせ、蜂蜜を一滴垂らして脂と穀物と煙をまとめる。
出典
アルプス圏のウォッシュチーズとスモーク小麦の取り合わせ
技法
小麦クラッカー生地を軽く燻してから焼成。ウォッシュチーズをのせ、蜂蜜を一滴垂らして余熱でなじませる。
味わうポイント
最初に燻した小麦の香りが立ち、その後からウォッシュの厚い香りがゆっくり広がる。蜂蜜が角を丸くし、脂はクラッカーに吸われて軽く仕上がり、香りだけが長く続く。
Chapitre VI 乾かす 甘美のエチュード
Avant Dessert
オレンジのセルクル パン・ペルデュとドライ小麦スポンジ 搾りたて果汁
薄く焼いた小麦スポンジを低温で乾かし、軽い歯ざわりの円形に抜く。
サーブ直前に温めた搾りたてオレンジ果汁をたっぷり含ませ、乾いた生地が一瞬で潤う瞬間を味わう前菜菓子。
出典
フレンチのパン・ペルデュを乾燥と再含水で換骨
技法
薄いスポンジをじっくり乾燥させて軽い生地に。サービス直前に温かいオレンジ果汁を含ませ、そのまま素早く提供する。
味わうポイント
最初のひと口で表面の軽いカリっとした感触があり、すぐに中から温かな果汁があふれる。乾いた生地がほぐれながら香りを放ち、甘さは長く残らず、果皮のほろ苦さが静かに続く。
Épilogue 余韻 火と麦の記憶
Grand Dessert
パリ=ブレスト Feu & Eau 焼きシューと冷たいプラリネ・フロワ ビールカラメル
香ばしく焼いた小さなリングシューに、冷たいヘーゼルナッツプラリネクリームを詰める。ビールを煮詰めて作ったほろ苦いカラメルを薄くまとわせ、火と冷たさと麦の香りを合わせた締めの一皿。
出典
フランスのパリ=ブレストをビールと温度差で再解釈
技法
シューを高温で焼き上げてから冷まし、冷たいプラリネクリームを詰める。ビールを煮詰めてカラメル風シロップにし、表面に薄くコーティング。
味わうポイント
シューを割ると香ばしい香りが立ち、冷たいプラリネが舌の上でなめらかに溶ける。最後にビールカラメルのほろ苦さが甘さを締め、小麦と麦芽の記憶だけを静かに残す。
Mignardises 火と水の小菓子 麦モチーフの再構成
1. ギモーヴ・オ・モルト 麦芽マシュマロ
麦芽を温めた牛乳に浸して香りを移し、そのジュと砂糖シロップをゼラチンで固めて泡立てる。成形後に短く乾かし、外側は薄く張りを持ち内側はやわらかな麦芽ギモーヴに仕立てる。
出典
フランスのギモーヴとブルワリー文化
技法
麦芽温浸液と砂糖シロップを合わせて煮立て、ゼラチンで固めて泡立てる。
型に流して冷やし固め、表面を軽く乾燥させる。
味わうポイント
口に入れると外側がふっとほどけ、中から麦芽の甘い香りがやわらかく広がる。
べたつきは残らず、水と一緒に静かに消え、穏やかな穀香だけが淡く続く。
2. ミニ・パルミエ ビールカラメルの薄衣
極薄に折りたたんだ生地を小さなハート形に成形し、高温のオーブンでパリッと焼く。仕上げに煮詰めたビールシロップを薄く塗り、ほろ苦いカラメル香をまとう軽い一枚にする。
出典
フランスのパルミエとビール文化
技法
折り込み生地を小さく成形し、高温短時間で焼成。ビールシロップを薄く塗り、さっと火を当てて香りを立てる。
味わうポイント
かじると層が軽く砕け、ビールのほろ苦さとカラメルの香りが鼻に抜ける。
甘さは控えめで、焦がした麦のような香ばしさだけが短く残る。
3. ミニ焼きまんじゅう スタイルオブ群馬
小さな丸パン生地をふっくら蒸し、串に見立てたピックに刺して甘い味噌だれを塗る。表面だけを強い火でこんがり焼き、蒸しと焼きが重なった一口サイズの焼きまんじゅうに仕立てる。
出典
群馬の焼きまんじゅう
技法
小麦ベースの生地を丸く成形し蒸し上げる。甘い味噌だれを塗り、サラマンダーやグリルで表面を香ばしく焼く。
味わうポイント
外側は味噌だれが軽く焦げて香ばしく、中はふかふかと柔らかい。甘じょっぱいたれと小麦の香りが広がりながら重く残らず、次の小菓子へゆるやかにつなぐ。
4. パート・ド・フリュイ 紫蘇と麦芽 麦芽糖衣
紫蘇を温浸した液と麦芽のジュを合わせて炊き上げ、やわらかなゼリーに固める。
小さな立方体に切り分け、表面を麦芽糖で薄くまぶして青い香りと穀物の甘みを一粒に閉じ込める。
出典
フランスのパート・ド・フリュイと麦芽文化、日本の紫蘇
技法
紫蘇温浸液と麦芽ジュをペクチンで炊き上げて型に流す。冷却後にカットし、麦芽糖の細かな粒でコーティング。
味わうポイント
噛むと最初に紫蘇の青い香りが弾け、すぐに麦芽の丸い甘みが追いかける。
麦芽糖のしゃりっとした衣が軽い歯ざわりを添え、穀物の余韻だけを静かに残す。
5. ミニ・ブレッツェル・カラメリゼ
小さなブレッツェル生地を重曹を溶かした湯にくぐらせてから焼き、高温で皮に艶と色をつける。焼き上がりに砂糖を薄くからめ、軽いカラメリゼをまとわせた塩気のある一口。
出典
ドイツのブレッツェル文化
技法
成形した生地を重曹湯に浸し、高温で焼成して独特の色と香りを出す。焼き上がりに砂糖を薄くからめて乾かす。
味わうポイント
表面の皮はパリッと香ばしく、中はわずかに弾力を残す。
重曹由来の香りとほのかな甘さ、塩の粒が混ざり合い、水と火とアルカリの仕事を小さく感じさせる。
6. ミニ・ソーンパプディ セモリナとギーのほろほろ菓子
小麦セモリナとひよこ豆粉をギーと共に煮立て、糸のような層ができるように練りのばす。まだ温かいうちに小さな立方体に固め、刻んだピスタチオを散らしたほろほろ崩れるインドの一口菓子。
出典
北インドのソーンパプディ文化
技法
セモリナとひよこ豆粉をギーと砂糖と共に煮立てて香りを出す。
糸状の層を作るように伸ばし、小さなキューブに成形しピスタチオをのせる。
味わうポイント
かじると薄い層が繊維のようにほろほろとほどけ、ギーとローストした粉の香りがふわっと広がる。
甘さは軽く、ピスタチオの香ばしさが短く残り、糸状のほろほろ食感が記憶に残る。

ありがとうございました。
次のコースもお待ちしております。
【お知らせ】
過去の小麦のオデッセイは下記のリンクからご覧になれます。小麦の美味しさをシリーズでぜひ味わってみてください。
空想フランス料理フルコース9 小麦のオデッセイⅠ 世界の小麦文化と食感の旅 L’Odyssée du Blé Ⅰ ― Cultures et textures du blé
空想フランス料理フルコース42 小麦のオデッセイⅡ 小麦が時をまとい、香りと旨味へ変わる旅 L’Odyssée du Blé II — Le blé se pare du temps, arômes et saveurs
