漢字の宇宙。「本」15-10 基本ほど難しいものはない
基本に戻る
「基本に戻りましょう。」
そう言われると、
少しがっかりすることがあります。
もっと新しいことを知りたい。
もっと先へ進みたい。
もっと高度なことに触れたい。
そう思っているときに、
「まずは基本から」と言われると、
なにか遠回りをさせられているような気がします。
基本は、もう知っていること。
基本は、退屈なこと。
基本は、初心者のためのもの。
そんなふうに感じてしまうことがあります。
基本ほど難解なものはない
けれども、わざの修練の世界では、しばしばこう言われます。
「基本ほど難しいものはない。」
たしかに、基本は一見すると単純です。
立つ。座る。歩く。構える。
息を整える。同じ動作を繰り返す。
けれども、その単純さの中に、
実はもっとも深いものが隠れています。
子どものころ、
同じ漢字を何度も書いた覚えはありませんか。
縦線を引き、横線を引き、
はらい、とめ、はねを意識する。
最初は、ただお手本をなぞるだけ。
手はぎこちなく、
字は曲がり、紙の上で形が安定しません。
それでも、何度か繰り返すうちに、
手が、身体が少しずつ覚えていきます。
頭で理解するより先に、手が知っていく。
目が形の崩れに気づくようになる。
腕の動きが、線の勢いを覚える。
紙の上の文字が、少しずつ自分のものになっていく。
基本とは、こういうものなのかもしれません。
基本から学ぶこと
それは、ただ最初に学ぶ簡単なことではありません。
お稽古で先生が「手ほどき」してくれたその経験。
先生に倣って
ひたすら繰り返すことによって、
自分がそれまでしてきた動きや
身体の使い方とは違うもの、新しい何かが
身体の奥に沈んでいきます。
だから、基本は一度学べば終わりではありません。
むしろ、
何かにつまずいたとき、
迷ったとき、
うまくいかなくなったときに、
もう一度そこへ戻るものです。
楽器を弾く人は、音階に戻ります。
武道をする人は、型に戻ります。
料理をする人は、包丁の持ち方や火加減に戻ります。
文章を書く人は、一つの文の呼吸に戻ります。
基本は、初歩でありながら、最後までついてくるものです。
基本の基
「基」という字には、
土台」には、「もとい」という意味があります。
そこに「本」が重なり、「基本」は、
ものごとを支える根のような土台を指します。
表からは見えにくいけれど、
それが弱いと、
上にどれほど立派なものを積み上げても、
どこかで崩れてしまう。
だから、基本に戻るとは、
ただ単に後退することではありません。
むしろ、自分が
どこで崩れ始めているのかを確かめること。
何を急ぎすぎていたのか。
何をわかったつもりで通り過ぎていたのか。
どこで、自分の足元が少し浮いてしまっていたのか。
基本に戻るとわかること
基本に戻るとき、
人は少し謙虚になります。
「もう知っている」と思っていたことが、
実はまだ身についていなかったことに気づく。
「簡単だ」と思っていたことほど、
丁寧にやるのが難しいと知る。
「昔やったこと」の中に、
いまになって初めて、深さがあると感じる。
同じ場所には戻れない
基本は、同じ場所に戻ることではありません。
戻ろうと思っても、
戻ることなど人間にはできないのです。
同じ動作をしていると思っても、
戻ろうとするたびに、それは違うのです。
若いころに学んだ基本と、
経験を重ねたあとで触れる基本は、同じではありません。
昔はただ退屈に思えた反復の中に、
あるとき、静かな豊かさが見えてくることがあります。
機械的な反復の奥で、
その動きを支えていたさまざまな要素に気づくこともあるでしょう。
基本ほど難しいものはないともいわれます。
それは、基本が複雑だからではありません。
あまりにも単純だからです。
単純なものほど、ごまかしがききません。
立つこと、座ること、
聞くこと、見ること、
読むこと、書くこと。
どれも当たり前のようでいて、
本当にできているかと問われると、
急に心もとなくなってしまいます。
基本とは、
できるようになったら終わるものではないのです。
それは、もっともっと深くなるために、
何度も立ち返っていく場所なのです。
