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お連れ様に蘊蓄をひけらかすお客様。しかも大抵、間違っている。訂正できない販売員のもどかしさ。

アパレルの現場で、思わず心の中で「それ、違います……」と叫びたくなる瞬間があります。

お連れ様を連れて入店してきたお客様が、商品を手に取りながら自信満々に語り始めます。

「これね、○○って生地でさ、すごく高級なやつなんだよ」
「このブランドってイタリア発祥でさ、創業が……」
「この縫い方がポイントでね、これができてるのは本物の証拠なんだよ」

すべて、微妙に間違っています。

でも言えない。絶対に言えない。今日はその「言えない」という感情の話を書かせてください。


特にお連れ様が女性のとき、このシチュエーションは最高潮になる

このパターンが最もよく発生するのが、男性客が女性のお連れ様を連れて入店するケースです。

彼女、奥様、もしくは友人——いずれにしても、男性が女性に対して「自分はファッションに詳しい」という姿を見せたい場面です。

「ねえ、これ知ってる?このブランドってさ、実は○○で……」

自信に満ちた声で、女性に向かって語り始めます。女性も「へえ、そうなんだ」と素直に感心している。

問題は、その内容がことごとく微妙にずれているということです。

ブランドの発祥国が違う。素材の説明が逆になっている。「これが本物の証拠」と言っている縫製の特徴が、実はそのブランドの仕様ではない——。

聞いているこちら側は、なんとも言えない表情を保つだけです。


「訂正する」という選択肢が、なぜ存在しないのか

「そこは違いますよ」と言えばいいじゃないか——と思う方もいるかもしれません。

でも実際の接客現場で、お客様の発言を正面から訂正することは、よほどの理由がない限り行いません。

理由は複数あります。

まず、お客様のプライドの問題です。大切な人の前で「それは間違っています」と言われることは、お客様にとって非常に恥ずかしい体験になります。楽しいはずの買い物が、その一言で台無しになる可能性があります。

次に、販売員とお客様の関係性の問題です。販売員がお客様を「正してあげる」というスタンスは、どうしても上から目線に映りやすい。お客様と対等以上の立場に立つことは、接客の基本から外れてしまいます。

そして実際問題として、多少間違った情報をお連れ様に伝えていても、購買や安全に直接影響しない場合がほとんどです。その場限りの「ファッション蘊蓄」で、誰かが傷つくわけではない。

だから言わない。ただ、にこやかに「そうですね」と受け流す——これが現場での唯一の正解になります。


心の中の語りかけ

心の中では、こういうことを思っています。

「実はそのブランド、創業はイタリアじゃなくてフランスなんですよ」
「その素材、ウールではなくポリエステルの混紡なんです」
「その縫い方は全商品共通の仕様なので、特別な証拠というわけでは……」

でも表情は変えません。絶対に変えません。

これは演技ではなく、接客のプロとしての技術です。自分の知識をひけらかすことが仕事ではなく、お客様に気持ちよくお買い物をしていただくことが仕事です。

ただ、心の中のもどかしさは正直なところ、なかなかのものがあります。


もどかしさに拍車をかける、お連れ様の反応

このシチュエーションが更にしんどくなる理由のひとつが、お連れ様(特に女性)の反応です。

「へえ、詳しいね!」
「さすがだね、全然知らなかった」
「そういうの分かるって、かっこいい」

その言葉を聞くたびに、心の中でひとつ、何かがざわつきます。

間違った情報を正しいと信じたまま、感心してしまっている。しかもその感心が、お客様自身の自信をさらに強化してしまっている。次の機会に、また別の誰かに同じ間違った蘊蓄を語るだろうな、ということも、なんとなく想像できてしまいます。

でも、やっぱり言えません。お連れ様を傷つけることへの配慮もそうですが、何より今この場でお客様がとても楽しそうにしているのです。その空気を壊す権利は、販売員にはありません。


まれに「自分に語りかけてくる」パターンもある

少し違うバリエーションとして、お連れ様ではなく販売員である「自分」に向かって蘊蓄を語りかけてくるパターンもあります。

「君、これの素材知ってる?これはね、○○っていって……」

ここまでくると、さすがに対応が難しくなります。

聞かれた以上、何かしら答えなければなりません。でも「それは違います」と言うわけにはいかない。かといって「そうですね」と全肯定してしまえば、明確に間違った情報を認めたことになってしまいます。

こういうときは、話を少しずらしながら正しい情報を「自分の口から自然に提供する」という方法を取ることがあります。

「そうですね、この素材は○○という特徴があって——(正しい情報を自然に挟む)」

お客様の発言を否定せず、かつ正しい情報がさりげなく場に漂うようにする。これもまた、現場でしか学べない接客の技術のひとつです。


なぜ間違った知識が生まれるのか

少し立ち止まって考えると、このような「間違った蘊蓄」はどこから来るのかという疑問も浮かびます。

おそらく多くの場合、どこかで一度聞いた情報が、記憶の中で少し変形してしまっているケースです。雑誌で読んだ、友人から聞いた、以前どこかのお店で販売員に教えてもらった——そうした断片的な情報が、時間の経過とともに「自分が知っていること」として定着していく。

これは誰にでも起こりうることです。ファッションの知識は、体系的に学ぶ機会がなかなかないジャンルでもあります。少し知識を持った方が、さらに調べずにその情報を定着させてしまうのは、ある意味自然なことでもあります。

だからこそ、こうしたnoteで少しずつ正しい情報を発信していくことに、意味があると思っています。


まとめ:販売員は今日も、笑顔で受け流す

お連れ様に間違った蘊蓄をひけらかすお客様——このタイプのお客様に共通しているのは、「大切な人に、自分を良く見せたい」という純粋な気持ちです。

その動機は、悪いものではありません。ただ、材料としての知識が少しずれていた、それだけのことです。

だから販売員は今日も、心の中で「それは違います」と思いながら、表向きはにこやかに接客を続けます。

訂正できないもどかしさも、接客業の一部です。そしてそのもどかしさをぐっと飲み込める人間が、長く現場に立ち続けられる人間なのだと、現役店員として実感しています。

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