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社割で買いすぎて、給料が消える問題。

給料日が来ました。

明細を見ます。今月もちゃんと働きました。残業もしました。接客も頑張りました。数字も作りました。

でも手取りが、思ったより少ない。

少ない理由は、わかっています。

社割です。

今月も買いました。先月も買いました。先々月も買いました。「社割があるから」という理由で、本来なら買わなかったかもしれない服を、買いました。気づけば給料の相当な割合が、自分のブランドの服になって、クローゼットに吊るされています。

アパレルで働いた人間が一度は通る道、「社割沼」の話をします。


社割とは何か

まず、社割について説明しておきます。

社割とは、自社の商品を社員・スタッフが割引価格で購入できる制度のことです。アパレル業界では一般的に、定価の何割引きかで購入できる場合が多く、ブランドや会社によって割引率は様々です。20%オフのところもあれば、40%〜50%オフというケースもあります。

「自分が売っている服を、普通のお客様より安く買える」——これはアパレルで働くことの、数少ないわかりやすいメリットのひとつです。

特にファッションが好きでアパレルに就いた人にとって、社割は「好きなブランドの服を安く買える」という、モチベーションにもなります。

でも、これが罠でもあります。


「安いから買う」の恐怖

社割の何が恐ろしいかというと、「安いから買う」という行動パターンを引き起こすことです。

通常の価格では「ちょっと高いな、今回はやめておこう」と思って買わなかったはずの服が、社割価格になった途端に「この値段なら買える」という判断に変わります。

たとえば3万円のジャケット。定価では「うーん、今月は我慢しよう」となります。でも社割で2万円になると「2万円なら……」となる。

この「2万円なら……」の積み重ねが、気づいたときには相当な金額になっています。

1点2万円が3点で6万円。それが毎月続けば……という計算を、社割沼にはまった人間は給料日ごとに繰り返します。


新作入荷日が、最も危険な日

社割沼の住人にとって、最も危険な日があります。

新作入荷日です。

バックヤードで新しい段ボールが開けられる瞬間、社割沼の住人の目が変わります。「これ、社割で買えるじゃないか」という計算が、商品を見た瞬間に自動的に始まります。

「このニット、定価で買ったら絶対買わないけど、社割なら……」
「このコート、お客様に勧める前に自分で試したい(という名目で社割購入)」
「これ、絶対売れるやつだ。売り切れる前に社割で確保しないと」

最後のパターンは、特に危険です。「売り切れる前に」という焦りが、冷静な判断を上書きします。「本当に欲しいのか」よりも「なくなる前に確保しなければ」が優先される。

これは、通常の消費行動にはなかなかない感覚です。売り場にいるからこそ生まれる、独特の焦りです。


クローゼットの肥やし問題

社割で買い続けた結果として起きるのが、「クローゼットの肥やし」問題です。

社割で買った服が、着ないまま吊るされている。タグがついたままのものもある。「買ったはいいけど、合わせるものがなかった」「思ったより自分には似合わなかった」「買った瞬間は好きだったけど、今はそうでもない」——こういった服が、クローゼットの奥の方に静かに増えていきます。

一般のお客様なら「高い買い物だったから、ちゃんと着よう」という意識が働きます。でも社割価格で買った服は、その意識が薄くなりがちです。「まあ安かったし」という免罪符が、着ない服を放置することへの罪悪感を薄める。

これが積み重なると、「社割で買った服」専用のクローゼットゾーンが形成されます。普段着ているゾーンとは、なんとなく分けられた、あのエリアです。


「研究のため」という大義名分

社割購入に、スタッフがよく使う大義名分があります。

「接客のための研究」です。

「このアイテム、実際に着てみないとお客様に説明できない」「素材感を体で覚えるために、自分で着てみる必要がある」「コーディネートの提案をするために、実物を試してみたい」——

これらは、100%嘘ではありません。実際に自分で着てみることで、素材感やサイズ感の感覚が掴めて、接客に活きることはあります。

でも「研究のため」という名目で購入した服の何割かが、実際には接客に活かされることなくクローゼットの肥やしになっているという事実も、否定できません。

この「研究のため」という大義名分は、社割沼の住人が自分を正当化するための、最もよく使われるロジックです。経験者なら、心当たりがあるはずです。


同僚同士の「社割購入報告」という文化

アパレルの職場には、「社割購入報告」という独特の文化があります。

「今日の新作、社割で買っちゃいました」「あのニット、社割で確保しました」「先週のジャケット、やっぱり買いました」——こういった報告が、スタッフ同士の会話に自然に織り込まれます。

この文化の何が面白いかというと、「買った」ことが自慢でも反省でもなく、ただの「報告」として共有されることです。止める人もいないし、止められる立場の人もいない。なぜなら、言っている本人も同じことをしているからです。

「また買ったんですか」「○○さんも買ったじゃないですか」——この会話が、職場の休憩室で毎月繰り広げられます。


社割との正しい付き合い方

では社割とどう付き合えばいいのか。経験者として、少しだけ書いておきます。

まず「社割価格で欲しいかどうか」ではなく「定価でも欲しいかどうか」を基準にすることをおすすめします。定価なら買わないけど社割なら買う、というものは、本当に欲しいわけではない可能性が高い。

次に「今持っているものと合わせられるか」を考えること。単品で見てかっこいい服より、手持ちの服と組み合わせられる服の方が、実際に着る頻度が高くなります。

そして、月に使う社割の上限を自分で決めておくこと。「今月は社割で1点まで」と決めるだけで、衝動的な購入がかなり減ります。

……と書いてはみましたが、新作入荷日にバックヤードで段ボールが開いた瞬間、これらのルールが一瞬で吹き飛ぶことも、経験者は知っています。


まとめ:社割は福利厚生であり、沼でもある

社割は、アパレルで働くことの正直な特典のひとつです。好きなブランドの服を割引で買えることは、シンプルに嬉しいことです。

でも同時に、社割は「給料が消える」体験をする装置でもあります。

給料日に明細を見て「また消えてる」と思いながら、でも来月の新作入荷が楽しみで仕方ない——これがアパレルスタッフの正直な毎月です。

社割沼から抜け出した人を、私はほとんど見たことがありません。抜け出せないまま、でも楽しみながら、今日も誰かの給料が服になっています。

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