「科幻世界」を読む(15)近未来のモダン・タイムス:菊儲「明日美夢」
あらすじ
『科幻世界』2024年10期掲載。
孟晩は失神状態でロボットのように単純作業を行い、賃金を得る「売魂人」として生きている。首の後ろに造設されたマイクロチップの差し込み口からチップを出し入れすることで意識の有無を操作するのだった。
さらに売魂人には「オーバークロック労働」と呼ばれる超高速の作業をする者もいた。孟はオーバークロック状態に入ったことはなかったが、身近な親方がそれを実行して亡くなったのは知っていた。
ある日仕事を探していた孟は「明日の夢」という会社の募集を目にし、すぐに応募して採用される。孟はそこで初めてオーバークロック状態を経験するが、それはマイクロチップ取出し後に激しい痛みを体に伴うものだった。さらに孟は、「明日の夢」が何を作っているのかわからないことが気になり、工場内を探索する。実は「明日の夢」では何も作っていなかった。そこでは孟のような売魂人に入れるチップの性能をテストしていたのだ。売魂人からの搾取をこれまで以上に進めようとする会社の真実を知った孟は、ある行動に出るが……。
感想
もちろんSFなのですが、SFというよりも現代の寓話としての要素が強く感じられる作品でした。
私たちはマイクロチップこそ使いませんが、毎日どこかで働いていればその分の時間を切り売りしていると言えます。仕事が生きがい、という人ならそれで満足かもしれませんが、もっと自由な時間がほしいと思ったり、会社に行きたくないけどお金が必要だから働かざるを得ない、と思っていたりする人の方が多いのではないでしょうか。
また、そんなふうに考えながらも職場に着くと、他のことは忘れて一生懸命働く、というのもよくある労働者の姿の一つではないかと思います。そう思うと、「売魂人」というネーミングは物語の中のことだけではないのかもしれない……と我が身を振り返って思わされます。
ちなみに中国では以前、「996労働制」というキーワードが注目されたことがあります。これは、午前9時から午後9時まで、週6日働くことを意味するのだそう。とんでもない過重労働ですが、ハイテク企業で実際に行われていることが暴露され、世間の非難を浴びました。
ですが、ホワイトと言われるような職場に勤めていても、頭が切り替えられなくていつでも仕事のことを考えてしまうとしたら脳内は996労働制になっているのかも……?設定はSFながら、現実の社会で働き、生きていくことについていろいろなことを考えさせられる作品です。
作者について
菊储さんは90後(90年代生まれ)のエンジニア。2022年から短編小説を中心に作品を発表しています。デビュー作「我这一生」で光年賞短編部門の一等を受賞。その後もコンスタントにSF関係の賞を獲得しています。昨年末には、本noteでもご紹介してきた人気作家・任青や灰狐らとともにアンソロジー『弃日无痕』に作品が収載されました。
そんな菊储さんですが、作品の外国語訳はまだ行われていません。作品数がそれほど多くない分、日本でもアンソロジーにぜひ入ってほしい作家として期待大です。
