見出し画像

おばあちゃんは少年院出身15 完 [1人になって]

弘ちゃんが死んでしまってから、もう一年八ヶ月になる。

亡くなってからは、主人の亡き骸と共に、病院から一階に遺体安置所のある葬儀社に移動した私は、そこで娘夫婦、息子夫婦と落ち合った。

遺影や棺をどれにするか、どれくらいの予算で、骨壺を持って自宅に帰るまでの手筈を整えるかについて、葬儀社の人と私たち家族で相談してから、息子夫婦と一緒に、私は弘ちゃんと暮らした自宅に帰った。

亡くなって二日後に火葬場が空いていて、斎場で二十人程が入る部屋で、私たち家族は最後のお別れをした。

火葬炉に棺が入る時は、岡本弘という物体がもう無くなってしまうと思うと、凄く悲しかった。

けれど、お骨になって出て来た時、婿さんが「多発性骨髄腫の人は、骨が残りにくいこともあると聞いていたけど、お父さんはしっかりありましたね」と言ってくれた。

その言葉を聞き、私は、弘ちゃんが殆ど苦しまずに亡くなった事にも、感謝したい気持ちになった。

本人が嫌がるので、小さな生命保険しか掛けていなかった私は、年金も無いに等しく、ハローワークでマンションのお掃除の仕事を見つけて、四十年振りに働きに出た。

娘夫婦は息子夫婦に、お母さんの面倒を見ようと言ってくれたが、再婚したばかりの息子は、それを拒否した。

その余裕が無い息子では無いと思うが、息子は私の生き様を見届けようとしている気がする。元々人一倍、情の深い息子である。そして自慢の息子だ。

娘一家も息子一家も、皆、社会の中で中流以上の生活を確立して、頑張って生活している。

六人の孫たちもスクスク健やかに成長し、初孫は十八才になって、弘ちゃんから引き継いだ職人の仕事を、婿さんの元で一生懸命やっているという。

又、一人は中学で生徒会長として、二人はサッカーのクラブチームで活躍し、それぞれが自分の道を生きている。

六十五才になった私は、子供や孫の世話にならずに、自分の一生を日々、懸命に生き切りたい。

近隣や身近な人たちの良き隣人、良き友人・知人となって、地域の幸福と平和の為に貢献していきたい。

そして、世界一九二ヵ国に広がる信仰の同志たちと苦楽を分かち合いながら、地球上から戦争の無い、平和な世界を築く為に、先ずは屹立した自己を確立する為に働き、自立するのだ。

母は五十九才で、生き切って亡くなった。

一千人の人がご焼香に来てくれた。

私が少年院に入っている時、母は何かにつけては、明美が可哀想だと言って泣いていたと聞いた。

母は私に「お前は優しい。そしてお高い」と言った。

母なりに私を評してくれていたのだなぁと、今となってしみじみ思う。

又、何があっても泣き言や愚痴を言わずに、亡くなる一週間前まで、朝の新聞配達に始まり、毎日の三時間唱題に地域友好活動と、信仰に賭けて生きた母は、私の誇りである。

母は、くも膜下出血で倒れる前に、近所の人に会うたびに「幸せで幸せで、いつ死んでも良いの」と言っていたという。

玲子姉さんの二度の自殺未遂、母自身の晩年の大火傷、父の会社の発展に伴う苦労など、母の人生にも様々な事があった。

近所の人に「杉山さんがいると、この信心で、私たちまで悪く見られる」と批判されたと聞いたこともある。

だけど母は、死ぬ前に、そんなに幸せだったのだ。

首から上しか働かない状態になったとしても、絶対に死なせないと母に言われたという玲子姉さんは、死ぬのを諦めて、杉山建設のやり手の事務員として活躍し、杉山建設も四十数社の下請を抱えるまでになっていた。

そして体の弱かった母が、四十才の時に命をかけて産んだ、自慢の一人息子である私の弟は、先生の創立した高校で野球部で活躍して、何度も一般紙に載り、首席で卒業して、母の希望で司法試験生になって弁護士を目指していた。

母は見事な実証を示して死んで行ったのだ。そう思うと、私には信心に対する感謝しかない。

その後、父も玲子姉さんも、弟に見守られながら、最後は病気と戦い笑顔で死んで行った。

玲子姉さんが矢張り四十才で産んだ一人娘は、今、外資系企業で部署を任されて、英語を駆使しながら、何度も社内表彰を受けて活躍している。

改めて思うに、弘ちゃんも最後は、自分に勝ったと思う。

死の恐怖、骨折の痛みに打ち勝ち、笑顔で満足気に死んで行った。

後は私である。

私も、流石だったと言われる人生の終章を飾りたい。

誰よりも人々の為に戦い、励まし、祈ってくれた先生に応える為にも、私は生き抜き、母の様に最高に幸せだったと言える一生を送ってみせる。

そして今、私は一人の部屋でスマホを手に、この人生を書いている。

自らの人生の総仕上げと、夢に向かって。

あとがき

ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。

この物語は、私が自分の人生を振り返りながら、どうしても残しておきたいと思って書いたものです。

どんな過去があっても、人はもう一度、自分の人生を生き直すことができる。

そのことが、誰か一人にでも届いたなら、これほど嬉しいことはありません。

岡本明美🥀

#創作大賞2026
#オールカテゴリ部門

いいなと思ったら応援しよう!